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日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

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新盆を迎える

2018-08-14 (Tue) 13:47[ 編集 ]
仏が住むのが清らかな「浄土」で、お盆の期間には先祖や亡くなった人がそこから地上に戻ってくるとされている。日本古来の信仰と仏教が融合した行事で、夏のこの時期に先祖の精霊を迎えて供養をするのがお盆の位置付けだそうだ。

3月に同居の義母が他界したので、今年のお盆は新盆だ。長崎の「精霊流し」、京都の「五山の送り火」、富山の「おわら風の盆」などのお盆の行事は全国各地にある。わが家では、これまでは毎朝夕・仏壇に手を合わせることで済ませ、お盆にとりたてて行事をということではなかった。

義母の菩提寺が信州と遠く、4月の納骨・四十九日法要の折に、住職には新盆は親族だけのお坊さんなしで行いたい旨で了承を得ておいた。
そんなことで、新盆といっても自分たち夫婦と息子達家族の親族で、月遅れのお盆に供養をすることにした。
お盆の飾り付けと言っても、50年ほど前の故郷安曇野の実家での経験しか無く、お盆提灯とお盆飾りのセットをホームセンターで買い求め、別に果物や好物だった菓子のお供え物、生花も用意した。
セットの中身やインターネットによるお盆の飾り付け解説では、宗派や地方により違いはあるらしいが標準的なものと故郷の信州中信地区でのそれとはやはり違う点がある。故郷では、例えば盆提灯は親戚が贈りまた新盆用の白い提灯はない、張った真菰縄(マコモナワ)に鬼灯(ホウズキ)等を吊り下げることもしない、迎え火・送り火で焚くのは麻幹(オガラ)ではなく白樺の樹皮など。家人にもお盆の知識はなく、都合良く解釈して飾り付けを行った。

息子達に連絡をすると次男がお盆休みを取れないというので、一日早いが『仕方が無い』とお盆の前日の日曜日に集まり、夫々が仏壇の中央に置いた義母位牌と写真に線香を手向け、手を合わせた。お坊さんの読経がないので、これでお参りは終り。
その後は会食、法事メニューのあるファミレスに場を移した。畳敷きにテーブルと椅子の個室に、持参した遺影には陰膳が運ばれ、大人には法事向けのコース料理、子供向けにもそれなりのお善が用意されている。精進料理ではなく、肉や刺身もあり、特に陰膳には鉄製パンで焼くステーキも付いている。お客本位にめを向けた今時のファミレスのメニューの充実ぶりには感心させられる。
食事中の話の中心は、義母の話よりもそのひ孫の二人だ。陰膳も若い人達で平らげ、別腹でデザートの白玉も頂いたところでお開きにした。

翌日8月13日からが本来のお盆。夕方雷雨に見舞われる中、玄関先の軒下で迎え火のオガラを焚いた。
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猛暑続きの夏

2018-08-07 (Tue) 13:29[ 編集 ]
暑い暑いと言っている間に7月は終わり、8月に入った。
今月は台風の影響ありやと報じられているが、6日までは体調を崩さんばかりの暑さが続いている。
リビングや自室のエアコンは、26~27℃の設定で毎日20時間を超えるフル稼働状態だ。昼日中にリモコンで外部温度を見ると、気象庁の発表より2℃は高く、猛暑レベルとなっていることが多い。
5匹の庭猫は、玄関周りや軒下の猫小屋に立てかけた簾に打ち水をするのだが、それも直ぐに蒸発をしてしまい、毛の多い猫たちは軒下で過ごす気にはならないらしい。
朝・夕の食事時には避難先から姿を見せるが、幾日も食べに来ない子もいて、この暑さにやられたのではないかと家人とともに心配をしている。
2匹の家猫は、日が昇るまではベランダに居て、その後は涼しい部屋間を行ったり来たり。昼寝も腹を見せての熟睡で『お前達は幸せものだね』が家人の口癖になっている。

話を戻して・・
今年の暑さだが、偏西風の方向が例年とは違って、列島が複数の高気圧に覆われているかららしい。6月末から7月初めに掛けての平成30年7月豪雨による西日本の被害は台風7号がもたらしたものとのことだ。
台風の影響が少なかった関東、首都圏はほぼ晴天続き。自宅のある神奈川県東部の天候を気象庁のサイトで見てみると、去年との違いが顕著だ。晴れの日が6日も多く、昨年は無かった猛暑日が8日もあったことに驚く。

こんな暑い中、庭の植物はといいうと、去年は8月初めに咲いたピンクのサルスベリは、暑さの影響なのか今年は7月の中旬には咲き出した。白いサルスベリも2週間遅れで咲き出し、これも去年より早い。
去年酷い凶作だった酢橘は、今年は晴れ続きの影響もあってかサルスベリの横でたわわに実を付けている。

真夏の庭と紫陽花の挿し木

2018-07-21 (Sat) 10:45[ 編集 ]
このところの重要ニュースは、西日本を襲った大雨の被害と35度を超える昼間の猛暑・熱帯夜だ。
どちらも異常としか言いようのない天気で、言われているように気候が大きく変動しているに違いない。
こんな天気続きだが、庭の雑草は伸び放題で仕方なく除草剤を撒き、若い枝伸びて形がいびつになった皐もバリカンで整えた。
紫陽花は季節を終えて花の殆どが茶色く変色し見る影もない。もともと花が少ない季節だが、今の花は咲き出したピンクのサルスベリだけで、これでは寂しいと、トルコ桔梗やカランコエなどを買って寄せ植えを入れ替え、取り繕った。

家の紫陽花は顎紫陽花・西洋アジサイを合わせ6種類あり、今年もそれなりに目を楽しませてくれた。
近所に咲く顎紫陽花の色・形とても綺麗で、新しい種類が欲しいと、道路にはみ出している枝を貰って挿し木に挑戦したのが、去年の8月終わり。根が出た5株をプランターに植え替えしたのは10月のことだ。その後水やりは欠かさずにしたが、植え替え後しばらくすると葉が落ち、冬を越さずに全て枯れた。
どうも、挿し木の時期が遅すぎ、若い葉が育たなかったのが原因のようだ。
と言うことで、今年は再チャレンジ。ネットの「簡単に出来る紫陽花の増やし方」通りに7月の初めに挿し木に取りかかった。2鉢に鹿沼土を入れ、6枝を挿した。
2週間強経って、葉っぱは青々として元気そうだ。心配なのは今年の昼夜とも例年にない暑さで、直射日光で焼けないように水やり時以外は家の中で育てている。
そして去年は白い西洋紫陽花も近所の奥さんから株分けをして貰ったのだが、これも失敗している。今年も4株届けてくれ、今年はそのうち一株が根付いてくれた。
来年の梅雨には新しい紫陽花が2種類増えていることを願っているのだが・・。

三泊四日で安曇野・松本へ

2018-06-21 (Thu) 09:59[ 編集 ]
松本にある高校の部活の後輩から、『私がOB会の事務局をするので6月の総会には絶対出て下さいね』と、誕生日のお祝いメッセージに添えられていたのは2月のこと。『お墓参りも兼ねて行ってきたら』の家人の声におされ、出席の返事をした。埼玉の姉に話すと、田舎の兄の誕生日が近いので、お祝に他の姉夫婦と一緒に温泉に行こうとなり、勤めていた頃以来の三泊の旅となった。

8時のスーパーあずさに乗り2時間強、車窓から北アルプスが見えると帰ってきたなと思う。姉や兄とは、正午を回った頃に今は安曇野市となった故郷の蕎麦屋で待ち合わせ。店は、狭い町で昔から知っている店で、帰る度に寄って盛りか天麩羅蕎麦を注文するが、今回は夏らしい素揚げの茄子の蕎麦にしてみた。細い蕎麦に薄口の汁、茄子の上には鰹節がかかり、美味し。箸休め浅漬けの胡瓜やキャベツも嬉しい。

大町温泉郷のホテルでもう一人の姉夫婦と合流、このカメラ好きの姉の案内で山の景色を見に白馬村に足を伸ばした。人影まばら大出公園というところで車を停めた。渓流や橋の先に雪の残る白馬連山を眺められるスポットで、一丸レフを持って来なかった事が悔やまれたが、水の音を耳にオゾンを一杯に浴び、癒やされる一時だった。

翌日は小雨、わさび農園や農協の直売所で土産を買い、墓参りをして、何年かぶりに実家に泊った。
三日目の土曜日に安曇野から松本に移動。草間彌生展が開催というので、興味本位でホテルに荷物を預け、徒歩で20分で向かった。パワフルで迫力のある独特の作品に圧倒され、特に鏡の部屋では赤い作品の群れに目眩がするほどだった。その後、さらに10分足を伸ばして母校を見に。校舎は昔の面影はなく、部室のあった講堂もなかったが、大木を背にした校門や石碑はそのままだった。このバンカラ校での青臭い日々は50年も前だが、やはり懐かしかった。帰りはバスを利用、あの頃は駅から片道30分、よくも毎日下駄履きで歩いたものだ。
夕刻からのOB会には50~80歳台の25名近くが集まったが、その中で顔が分かったのは一学年の時の部長と一年下の後輩だけ。しかし、一人一人にマイクが回るとそこは同じ釜を引き継いだ同士、盛り上がった。最後に、今後は部員の名簿を整えて、若い年代の人も入って貰うようにしようとなり、二次会に流れた。

最終日は、昼発の特急を押さえてあるので、松本城にいった。お城に入るのは20年ぶりで、歳のせいか天守閣の狭くて急な階段を登るのは結構大変だ。おしゃべりを続け中々登ろうとしない中国語の若い女性達にもイライラしながら6階の最上階に着いた。小さな窓から覗くと快晴の空のもと遠くに雪を残す北アルプスが望めた。下りの階段は昇りよりも危険で、落ちて病院送りにならないように手すりをしっかり持ちながら歩を進めた。下まで降りると脚がガクガク、筋肉痛は翌々日まで残った。
帰りの特急は、近くの駅での人身事故の影響で30分以上の遅れで発ったが、駅弁のあとは、四日間の疲れもあって熟睡だった。

高幡不動のアジサイ詣で

2018-06-10 (Sun) 12:18[ 編集 ]
「アジサイまつり」最中の高幡不動尊に山紫陽花を撮りに行ってきた。
写真をFacebookに載せたところ、友人から「毎年行くのか?」と質問が有った。帰ってから、Discに保存の写真を見るとアジサイは2008年から毎年欠かさずに行っているから、11年連続となる。まつりの催しに写真コンテストもあり、ここ数年応募しているが(入賞なしの参加賞のみ)、それでも、この季節になるとお寺から案内状と応募用紙が送られて来る。
高幡不動尊の境内の面積は三万坪もあり、高畠城址のある裏山には山内八十八箇所巡りが出来る。山中に植わるアジサイは7500株といわれ、なかでも自生や全国から集めたヤマアジサイで有名で、これを撮りに来る人も多い。

雨が止み青空となった8時前に駐車、早速いくつものお堂の脇のヤマアジサイを撮りながら奥に進んだ。まだ、山中に入る前だが、ヤマアジサイは終盤に差し掛かっているようで、可憐な姿はなかなか見られない。山門付近のアメリカ原産の柏葉アジサイはありったけ開いていて、羨ましい。
ここから、鐘楼を経由して高島城址までは急な坂道が200mほど続くが、来るたびに来年は登れるかなと思う程きつく、途中で一休みしながらだ。
城址から山を徐々に下りながら写真を撮るのだが、ヤマアジサイは花を落とし加減のものが多く、色も悪い。途中にいたカメラ女子も「今年は諦め、また来年です」と言っていた。

こんなだから、山を下りた後もコンテストに出せるような被写体がないか、うろうろしているうちに、いつもは素通りする「奥殿参拝と拝観」の看板が目にとまった。ここには室町時代の仁王門や重要文化財が多くあることは、ネットやリーフレットで知っているが、こんな折だからと入った。
最大の見物は平安時代の木造不動明王で、その大きさ(像高285cm)とともに睨む表情が圧巻で、長い間身代わり不動として信仰されてきたのかと感銘を受けた。そのほかにも、南北朝時代の曼荼羅や 弘法大師ご遺告(平安時代)などの仏画・古文書などが収められているが、新撰組土方歳三の手紙なども珍しかった。

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