日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

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父が遺したもの

2017-02-15 (Wed) 21:34[ 編集 ]
和室の床の間用の掛け軸で家にあるものはお経の書しかなく、日本画など絵物はないので、代わりに色紙を飾っている。
19年前に91歳で他界した父が晩年趣味として日本画を習っていて、色紙にも描いていた。

亡くなった時に、その色紙を何枚か貰ってきたが、飾ることなく屋根裏に置いてあり、リフォーム後にいざ飾ろうと出してみると、雑な保管と経年変化で飾れるものは3枚しか無かった。
達磨が2枚と桜が1枚、達磨の一枚は孫(家の長男)の誕生祝いの言葉とともに達磨を描いたものだ。数少ないので、これも交代で飾る中に入れたが、マンネリは否めない。

長男が、安曇野近辺に家族で旅行し、実家にも寄るというので、父の色紙を何枚か貰って来るように頼んだ。長兄は「もう良いのは無い」と言っていたが、持ち帰った3枚の中の2枚は花、1枚は山を描いたものだ。梅の絵は、満開の花が枝いっぱいに咲き誇っているもの、鉄線は細い幹・枝に薄紫の花が開き数匹の蜂が飛んでいるもの。山の墨絵は暗いので、飾っても見られる出来の花の2枚を選び、先ずは季節的に梅の色紙に替えた。

晩年の父は、このほかに家系を調べていた。
先祖は木曾二郎 源義仲とした大本家に伝わる書類、古くて文字も消えかかっている同姓墓地の墓石、寺の過去帳そして書籍などを長い時間かけて辿ったようだ。それを手作りの冊子にまとめ、その一冊をわが家にも貰った。
毎週の「Family History」を見て、わが家もルーツを確認しようとこの冊子を探したが、見つからない。実家に寄る長男に借りて来るよう頼んだが、持ち帰ったのは、家系をまとめた一枚の紙だけだった。実家でも冊子見当たらないとのことだ。
まとめの一枚には義仲の8代前の40数代前から長兄まで書かれていたが、生前の父はどうしても数代合わないと話していた。
これを解明し、家系図を完成するには冊子が必要で、もう一度家探ししてみようと思う。
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フキノトウを撮る・採る

2017-01-27 (Fri) 15:39[ 編集 ]
週に4日行くスポーツジムの階段の踊り場から、大通り沿いの梅の大木が見える。この梅は一月中旬には花をつける。今年は更に早く大寒の20日には満開で、大木が白く包まれて見えるほどになった。

毎年この近くの梅林の土手にはフキノトウが出て、春を撮りにそして春の味覚を採りに行く。去年の日記を見ると27日に行って未だ早かったとあった。しかし、今年は梅の大木の開花が早かったことから丁度良い時期ではないかと、去年と同じ日のジム帰りに寄ってきた。

梅林は数年前に殆どが伐採され、数えるほどしか残っていないが、丁度見頃に咲いていた。
土手に回り、花の蕾のフキノトウを探すが、小さなものだけしか見当たらず、数も多くない。レンズを向けるにも落ち葉の影に小さいものしかなく、なかなか春を撮りきれない。また、小振りで固く、根元を手で千切ってもきれいには取れない。

土手に上って残った梅ノ木の下を見て驚いた。既にフキの葉が地面いっぱいになっている。しかも、例年はまばらにある葉の傍で花になっているフキノトウもあるのだが、それが全く見当たらない。葉の下に隠れているかと言うとそれも見えない。
例年と様子が違うのは分かっても、早いのか遅いのかは分からない。

梅の木の辺りは諦めて、土手の斜面に戻り、落ち葉を突き破って顔を出しているフキノトウを見付けてはもいだ。ビニール袋の中に30個ほど溜まったので、春のほろ苦さを味わうにはこれで充分だろうと帰ることにした。
晩ご飯の時には、味噌炒めになって出てくることだろう。

蕗の薹の 舌を逃げゆく にがさかな  (高浜虚子)

春めいてきたか

2017-01-23 (Mon) 18:58[ 編集 ]
つい先日新年を迎えたと思ったら、もう睦月も月末に差し掛かった。二十四節気では、大寒も過ぎ、来週末の4日には立春となる。

例年通り晴れの日が多く、冷え込んではいるものの、お日様の陽は暖かく、人間と同様庭猫にとっても歓迎のようだ。
軒先の猫小屋に居ついている2匹の猫は、終日のたりとはいかないまでも、8時の朝食後から日が陰ってくるまでは、のんびりと陽の中で過ごしている。小屋には毎日ホッカイロをフリースの敷物の下に入れてやるが、昼間は陽の暖かさに軍配が上がり常勝だ。
猫も日向ぼっこ策を考え、風の当たらない草木の間や、中まで陽が入るダンボール小屋に居る。
こんな猫の姿は長閑で、しばらくは南向きの軒下で暖まってみたりする。

そんな老猫のウシが寝ている庭の小さな斜面にホトケノザが花をつけているのを見付けた。夜の冷え込みにもかかわらず、早くも春を呼んで来たようだ。
そういえば、スポーツジムの踊り場からみえる梅の大木が満開になっていて、毎年その頃に近くの梅畑の土手でフキノトウが出るのを思いだした。日記を見ると去年は「28日に採りに行った」とあるので、今年もそろそろ春の苦味を取りに行こうと思う。

庭には、日本水仙が控えめな花を沢山付けているが、昨日黄色い西洋水仙が一輪だけ咲いているのを見付けた。わが家のこの水仙は、日本水仙よりかなり遅咲きで、春めいてきた頃に咲く。早速、春らしさをと二種の花を玄関に飾った。
スイセンは中国での名「水仙」を音読みしたもので、古代の中国ではスイセンが水辺に咲くことから、その姿や香りから「水の仙人」と呼んだ事に由来するらしい。うちでは「春呼び花」かもしれない。

景色が変わる

2017-01-14 (Sat) 13:00[ 編集 ]
北海道・東北・信越・北陸・山陰では大雪で、今日・明日のセンター試験にも影響が出そうだ。
雪こそ降らないが、この辺りでも冷え込んでいて、最高気温が5度を下回る予報だ。庭にある井戸のバケツに氷が張っていたし、地面には霜柱が出来ていて、歩くとザクザクと心地よい音がした。

花のサイトの更新がなかなか出来ないほど、この季節は花が少ない。
家の庭はボケ、水仙、ツバキの花がせいぜいで、一昨日は色違いのパンジーを幾株か買ってきて、門の所の鉢に植えた。
散歩道では、一昨日ウメが開いたのを見つけてあったので、朝食後カメラを肩に向かった。ウメは綺麗に開いているが、一本の木だけで、隣の梅畑の蕾は未だ固いようだ。
近所のお宅の生け垣にあるロウバイは、新年明けに咲き始めを撮ったが、それが満開になっていてシャッタを切ったが、飼い犬に吼えられて退散した。

いつもの散歩道を逸れると、以前と景色が違って気になる場所があった。秋までは立派なモミジの木があって、紅葉を撮った覚えがあるが、それが根元から切られ、30センチ程の切り株が残っていた。見通しは良くなったものの、枝を払うなどの手は無かったものか。

このところ、傾斜地を崩して宅地の造成をしているのが再び目に付くようになった今朝の散歩中にも3箇所で重機が入っていた。少し前までは、雑木林だったり、草地だったりで、空も広くて長閑さがあった。近頃は庭が殆どない二階建ての住宅が積み木を並べたように建ち、窮屈で圧迫感がある。
農家の代替わりで、相続時の売却も多いと聞く。致し方ないことかも知れないが、住み始めた三十数年前とは違った景色になり、寂しさを感ずる。

今年も明神さまへ

2017-01-05 (Thu) 21:22[ 編集 ]
神田明神への新年の参拝、去年は商売繁昌もご利益に謳っていることをうっかり失念して仕事始めの4日に行って、酷い混雑に遭った。その轍を踏むまいと今年は5日に出掛けた。
空は快晴、風があって寒いのでブルゾンの下にはダウンのベスト、帽子にマスクに手袋姿で、工事中の聖橋を渡った。御茶ノ水駅の大規模な改良工事が進んでいることは聞いていたが、いよいよ聖橋に着手したのだろうか。

本郷通りに出ると、ポニーを連れた法被姿の人が出迎えてくれた。大鳥居を曲がると「最後尾」の看板が見え、その上に「会社関係」の字を見てホッとした。混雑の脇を通り随神門をくぐり、いよいよ御神殿。一般参拝の人の列はそう多くはない。並ぶこと15分で参拝し、家族の無事安全を祈願した。
神札授与所も混雑はなく、今日の目的でもあるお札と車につけるお守り、厄除の鯰のお守りを頂いた。

だいこく様像とえびす様像の間を駐車場に向かい、甘酒の売り場へ。麹の甘酒であることを確認すると「もちろん米麹で自信の味」だという。紙コップの熱い一杯は、去年飲んだ三河屋綾部商店のものに引けをとらない味で、くどい甘さが口に残ることなく温まった。

御神殿の裏に回ってみると、いくつもの社にある紅梅が花を付けていた。日当たりも良い場所なのだが、正月早々に開花というのは例年より早いのだろう。

門から大鳥居までの緩やかな坂を下ると、天野屋が開き、名物の甘酒の臨時売り場に列が出来ていた。

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