日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

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庭猫ウシの最期

2017-08-04 (Fri) 13:58[ 編集 ]
2歳位に見えるホルスタイン模様の野良猫がやって来たのは、今から7年程前のことだ。呼び名はその模様からウシと付けた。最初は、先住2匹の猫のエサを横取りしに顔を見せていた。それに慣れるに従って、オス猫が自分だけと分かったのだろう、我がもの顔で仕切るようになり、とうとう居ついてしまった。

そして翌年には、先住の三毛猫のニャーに強引に迫り、自分と同じ模様のオス猫を産ませた。ウシの子だからウシコと名付けたこの子が、自分の子と知ってか知らずか、食事の時も昼寝の時も一緒に過ごす事が多かった。
可愛がっていたウシコが2歳を前にして交通事故で亡くなった時には、幾日か昼に夜に探し回り涙を誘った。庭にお墓を作るとその周りにずっと座っていたりもした。

野良猫の寿命は、完全室内飼いの約15年に比べ三分の一の5年とも言われる。ウシの場合は、軒下のダンボール小屋が住まいの庭猫で、朝晩の餌は結構上等なものを食べさせたので、栄養満点で毛艶も良かった。アレルギーを持っていて、年中 目の周りがクシャクシャになり、鼻水を垂らしていたが、動物病院には去勢手術以外に掛かることは無かった。
家の脇の通りを通る子供達にはウシのファンが多く、姿を見えないと「ウシはいないの?」などと気に掛けてくれようになっていた。

そんなウシが今から一年半前に餌を飲み込み辛くなり、病院に連れて行った。歯周病と分かり、小さい前歯を残して12本も抜歯し、歯肉炎の手術も受けた。この後、柔らかい餌に替えて食欲も元に戻り、近頃では他の猫用の固い餌にまで首を突っ込み横取りするまでになっていた。

7月10日ころ2日間全く姿が見えず、置いておいた餌も食べ形跡がなく心配していた。三日目の夕方、痩せ細り右脚を引き摺りながら姿をみせた。スープを少し飲んだものの缶詰には口も付けず、水を沢山飲んで、涼しいコンクリートデッキの下にヨロヨロと入っていった。
ねぐらの床は土で、出て来て水を飲むと容器に汚れが残り、飲んだと分かる。それも毎日が一日置きにとなり不定期になった。2週間は餌を食べずに水分補給だけの日が続いたと思われる。
推定9歳になることから、家人とは無理やり捕まえて病院に連れて行くことは止めて、最期はウシの思い通りにしてあげようと決めていた。

もう逝ってしまったかと思っていた7月31日、三日ぶりに姿を見せた。しかし、一層痩せて震えながら水を飲み、口を開けても声にならない。暫く草の上に横になったあと、休み休みいつもの場所に戻っていった。

その日以来、水を飲んだ後もなく、思い起こせば31日はきっと最後の姿を見せ、別れを言いに来たのだと思う。
7年近く日々庭で生活し、面倒を見た猫がいなくなると、悲しいし、寂しい。
8月1日を命日と決めて、今日遺影を紙焼きにして、リビングのウシコやニャーの写真の横に並べた。遺骨も遺毛もないが、去年抜歯時に取っておいた歯をウシコと一緒の墓に入れ、仲の良かった親子の墓とするつもりだ。
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特急あずさと諏訪湖

2017-07-30 (Sun) 20:33[ 編集 ]
親戚の法事があり、無沙汰をしている三年ぶりの両親の墓参りもしようと、信州に向かった。
今回は家人と一緒ではなく、一人旅になるので、車より楽な電車を利用することにした。
特急あずさに乗るのは、いつ以来になるか分からない程だが、少なくても20年以上前のことだ。ネットの乗換案内で調べると、あずさの始発駅”新宿”利用よりも立川経由にした方が早い•安いと分かり、乗車券と座席指定券は「えきねっと」で予約した。
立川から乗車すると、かなりの混みようで、次の八王子で満席となった。指定席券を買っておいて大正解だった。
乗客は、家族連れよりもビジネスで使っている人が多いようで、隣に座った女性もずっと書類に目を通していた。終点の松本の一つ手前・塩尻を過ぎると、一号車の乗客は2人だけとなった。
今更ながらだが、勤め人時代の出張は新幹線のぞみが多かったので、5列が当たり前のように感じていたが、狭軌を走るあずさは左右2列づつの4列。シートのデザインも洒落ている。トイレも清潔感があって、洗面場所もあり、とうに引退した183系のあずさとは格段の差だった。

安曇野の実家で墓参りをし、翌日の親戚の法事が午前中早くからなので、兄・姉夫婦と諏訪湖半のホテルに宿泊のために車で移動した。
午後4時のチェックイン後、一息入れてから大浴場の温泉に浸かった。夕食の後、7~8月は毎日15分間諏訪湖に花火が上がるというので、湖畔の歩道を散歩し、良く見える場所に腰を下ろして待った。諏訪湖祭の湖上花火大会は、4万発もの花火が湖上を彩ることで知られているが、15分間の花火でも、混雑もなく色々な花火が見られ、充分に楽しむことが出来た。

10時にベッドに入った為か、4時には目が覚め、朝風呂のあと明けてくる湖の畔を散歩すると、ひんやりとした空気が気持ちよい。昨夜は見えなかった、アジサイが花を付けている。既に散った家の辺とは季節が半月は遅いだろうか。

法事を済ませ、岡谷から二時過ぎの上り特急あずさに乗った。昨日と違い土曜日で家族連れも多く、ほぼ満席だった。
立川で乗り換え最寄りの駅に着くと同時に、土砂降りの雨になった。止みそうもないので、ビニール傘を差しながら、礼服を入れたガーメントバッグと土産の袋を抱え、下半身ズブ濡れになりながらバス停に急いだ。

初・茗荷

2017-07-23 (Sun) 18:37[ 編集 ]
狭い裏庭に植えてある茗荷が例年以上に茂った。一昨年、茗荷の根を買って植え足し、それが今年成長したことも茂みの元だ。
7月になれば、ニョキニョキと花芽が現れ、茗荷が採れるものと期待していた。しかし、空梅雨の影響なのか、茂った葉っぱの根元からなかなかツボミが出て来なかった。

二週間ほど前に、ようやく亀の手のような芽が2つ現れた。「そろそろ採れるかも」と家人に言っていたがなかなか花を付けるまでには行かない。家人は、「夏に茗荷は欠かせないけど、買うと高くて・・」と日々待っていた。

そして今朝、葉っぱの間から白い花弁が見えた。数えると8個、ツボミは咲いてしまうと美味しくないので、丁度良いタイミングで今年の初物を採った。
今日は小雨がパラパラしてお湿りもあったので、2・3日のうちにはまた採れると思う。

今年は、小さなトマトやブラックベリーも庭から採れて、食卓に上る。ただ、毎年数百個の実をつける酢橘は、10個も生ってはいないのが残念だ。


茗荷は、もともと東アジアが原産で大陸から持ち込まれ、それが栽培されてきたようだ。
俗に「食べると物忘れがひどくなる」と言われているが、学術的な根拠はなく、栄養学的にもそのような成分は含まれていない。逆に近年、香り成分に集中力を増す効果があることが明らかになっているそうだ。

『茗荷→物忘れ』の一説として、シファレンス共同データベースにこんな説話が載っている。
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仏陀の弟子(十六羅漢のひとり)、周利槃特(しゅりはんどく)は非常に物覚えが悪く、自分の名前さえ忘れることがあったため、自分の名前を書いて首にかけていた。彼の死後、その墓場に草が生えたため、これを名荷と名付けたのが茗荷の由来である。転じて茗荷を食べると物覚えが悪くなるとされた。
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茗荷の栄養と期待できる効能はと言うと、次のようだ。(知っておきたい生活の知恵サイトから)
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茗荷は、ショウガ科ショウガ属の多年草で独特な匂いがする。匂いの要因となっている物は、α-ピネン。
①α-ピネン
   血液の循環を調整したり大脳皮質を刺激して気分を高めるという作用がある。そして、発汗作用や眠気を覚ましたり、消化の促進を図るといった効能がある。
アルファピネンは油に溶ける性質があるので、茗荷を薬味として使う場合にも油分を含む料理等と合わせて食べると吸収がよくなる。
②カリウム
   体外へ余分な塩分を排出する効果があり、浮腫の防止や血圧を下げ、夏バテにも効果がある。
③カンフェン
   抗菌作用や抗炎症作用がある。
④ゲラニオール
   鎮痛作用や鎮静作用に効果がある。
⑤ミョウガジアール
   辛み成分で、血液の流れをよくする作用がある。

ただ、食べすぎには、注意とのコメントもある。
①胃腸に刺激を与え過ぎる
   多少大量に食べると、人によっては問題が出る場合がある。生のままで薬味などにして沢山食べると胃腸に刺激を与え過ぎることがあり、お腹を壊すということがあるようだ。
火を通し天ぷら等にすれば辛みも和らぎ、含まれる成分も弱くなるので多少沢山食べても支障はない。
②栄養の吸収を弱める
   胃が弱い方だとあの苦味成分が栄養の吸収を弱める事があるといわれている。気になる人は、茗荷を刻んで水にさらしてキッチンペーパー等で挟んで軽く水気を取る様にすると良い。

食べ過ぎにさえ注意すれば風邪の予防にもなり、まさに夏の薬味としては打って付けのようだ。

GWの庭仕事

2017-05-05 (Fri) 17:45[ 編集 ]
ゴールデンウィーク直前には一時帰国の友人と会い、8年ぶりに元上司とのランチもしたが、いざ連休に入ると例年同様に外出とは無縁で、ダラダラと過ごしている。
次男から誕生日のお祝いにと貰った桜の盆栽が若葉になり剪定をする時期で、そのためAmazonでNHK趣味の園芸「サクラ」という本を買った。届いてみると、盆栽のことは僅かしか記載がない。仕方なしにネットで盆栽の手入れ法を検索して、そのプリントを見ながら恐る恐る剪定をした。これで来年は枝ぶりも良く、花を付けてくれると成功といえるのだが・・。

次の脱ダラダラ行動として、裏庭の夏みかんの枝を切ることにした。
この木は2年半前のリニューアル時に、屋根よりも高くなり、その上部をバッサリと切った。木も正直で、去年は今年も肝心の果実は不作だった。それまで多いときは80個も採れ「ご自由に」とバケツに入れて門に置いたほどだが、今年は21個で、何とか食べられそうな16個をミカン好きな姉の家に送った。

バッサリも2年も経つと新芽が伸びて枝になって屋根まで届きそうで、このままでは植木屋にお出まし願うことになる。思案した結果、窓からノコギリを差し出して枝を切ることにしたが、力の入り具合も中途半端で太目の枝一本で諦めた。いっそのこと電動チェーンソーで屋根まで届く元凶の太い幹を切ったら如何かと、物置から延長コードとともに取り出した。
窓から身を乗り出して片手でチェーンソーを持ち、一方の手で窓枠にしがみ付いて、直径10cmはある幹の上部を切り始めた。祝日の10時とあって隣のアパートの住人には甚だ迷惑だと知りつつ、甲高い音を立てての作業だが、意外と堅く15分もかかって分断した。
それからが想定外で、太い枝がいくつも広がり、それが他の枝に絡まってなかなか地面に落とせない。窓の直ぐ下には小屋根が張り出していて、壊す恐れもある。太い棒で少しづつズラし、ロープも使って30分掛けて無事着地させた。
次は庭の隅にある切った枝を積み上げる場所までの移動だ。あまりに大きすぎて運べない為、ノコギリで枝を切り落とす。何回かに分けて、太いトゲに気をつけながらズルズルと引き摺って移した。
ここで再びチェーンソーの出番だ。今度は隣の家への音に気を揉みながら太い枝を切り落とし、バラバラにして木の枝を積み上げ一時間半の労働を終えた。
見栄えは良くないが、このまま半年も放置すれば、葉が落ちて木も水分が飛んでゴミに出せるようになる。

こうして憲法記念日、こどもの日の庭仕事を終えた。午後は、昼寝付きだったのはいうまでもない。

父が遺したもの

2017-02-15 (Wed) 21:34[ 編集 ]
和室の床の間用の掛け軸で家にあるものはお経の書しかなく、日本画など絵物はないので、代わりに色紙を飾っている。
19年前に91歳で他界した父が晩年趣味として日本画を習っていて、色紙にも描いていた。

亡くなった時に、その色紙を何枚か貰ってきたが、飾ることなく屋根裏に置いてあり、リフォーム後にいざ飾ろうと出してみると、雑な保管と経年変化で飾れるものは3枚しか無かった。
達磨が2枚と桜が1枚、達磨の一枚は孫(家の長男)の誕生祝いの言葉とともに達磨を描いたものだ。数少ないので、これも交代で飾る中に入れたが、マンネリは否めない。

長男が、安曇野近辺に家族で旅行し、実家にも寄るというので、父の色紙を何枚か貰って来るように頼んだ。長兄は「もう良いのは無い」と言っていたが、持ち帰った3枚の中の2枚は花、1枚は山を描いたものだ。梅の絵は、満開の花が枝いっぱいに咲き誇っているもの、鉄線は細い幹・枝に薄紫の花が開き数匹の蜂が飛んでいるもの。山の墨絵は暗いので、飾っても見られる出来の花の2枚を選び、先ずは季節的に梅の色紙に替えた。

晩年の父は、このほかに家系を調べていた。
先祖は木曾二郎 源義仲とした大本家に伝わる書類、古くて文字も消えかかっている同姓墓地の墓石、寺の過去帳そして書籍などを長い時間かけて辿ったようだ。それを手作りの冊子にまとめ、その一冊をわが家にも貰った。
毎週の「Family History」を見て、わが家もルーツを確認しようとこの冊子を探したが、見つからない。実家に寄る長男に借りて来るよう頼んだが、持ち帰ったのは、家系をまとめた一枚の紙だけだった。実家でも冊子見当たらないとのことだ。
まとめの一枚には義仲の8代前の40数代前から長兄まで書かれていたが、生前の父はどうしても数代合わないと話していた。
これを解明し、家系図を完成するには冊子が必要で、もう一度家探ししてみようと思う。

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お~さま

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出身:長野県安曇野市
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