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日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

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 朋 遠方より・・ではないが

2019-11-28 (Thu) 16:19[ 編集 ]
「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」は論語の一節だが、自分の場合は旧友が近場であってもなかなか会う機会が少ない。それが、珍しいことに今月二度もあった。

45年以上前の大学生活からそれぞれが家庭を持つまでの間、三人の仲間がいた。決まった喫茶店で会い、四人で旅行も一緒にすることもあった。それぞれが家庭を持ち、仕事上でも中堅となるに従って会う機会がなくなった。最後に会ったのは、この仲間の一人が四十歳を前にして他界した頃だったから三十数年前になる。三人の間では、年賀状で互いに「今年こそは会おう」が続いたが、誰もが腰を上げなかった。
11月の声を聞いたある日、その一人から電話があり、「同じ私鉄沿線だから会おう」と言ってきた。65歳でリタイヤした自分と違って、三つ年上で七十過ぎても未だ現役の社長だ。土曜日だが会社に半日出るのでその帰りにどうか?・・一も二もなく賛成した。
待ち合わせの駅の改札で、聞き覚えのある声に振り返ると、歳を重ねた友人の顔があった。こちらも白髪頭になり、顔にシミも出ていて、年月を感じさせたに違いない。
そば屋で遅い昼食をとり、コーヒーショップのテラス席に座った。家庭や仕事のこと、この歳には付きものの健康のこと、ブランクが長かった為か、掘り下げた話は出ない。もう一人の友人にその場でコンタクトをして「今度は三人で会おう」と誓って分かれた。

丁度その頃、松本にある高校の首都圏同期会の案内が届いた。首都圏に済む同年卒の80名ほどが対象で、毎年勤労感謝の日の前日に開催と決めてある。参加者は毎年10~15名程度の集まりだ。以前は同期女性10名のうち数名が顔を出したが、ここ10年近く男性だけの会になっている。それも、出席者はほぼ固定化してきていて、数年前に2名が亡くなり、体調がすぐれない者もいたりで、昨年も今年も10名、毎度の顔の会となった。
最初は、近い席の者と健康や家庭の話で幕開ける。今年は「XXが亡くなった」の話はあまりなく、「あいつはどうしている」「こいつは、偉くなった」「あの先生はこんなだった」の話題が全体に広がっていく。半世紀も前の僅か3年間のバンカラ校での生活だが、同期は気が置けなくて肩がこらない。適当に酒も回った午後8時過ぎに「来年また元気で会おう!」でお開きとなり、冷たい雨の池袋に三々五々散っていった。

人生最後のステージには、昔の友人や知人に会いたくなる と聞いたことがある。[むべなる]かどうかは別として、友人達の顔を見てそれも頷ける機会だった。
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懐かしの高校時代

2017-11-26 (Sun) 15:25[ 編集 ]
首都圏在住の高校の同学年の者の会が恒例で勤労感謝の日の前日に開かれ、今年も22日にあった。

団塊世代は、1947年から1949年生まれで、その合計は約800万人といわれるほど多い。出身は長野県松本の県立だが、学年400人と多く、A~Jの10クラスに分かれていた。授業は1時限65分で、個人別に選択した二週単位の時間割。その上、クラスのホームルームは、二週間に一回30分だけで、クラスの半分以上は授業でも顔も合わせないし、顔は合わせても二週に1~2度という者が多かった。従って同級会というものは成り立たなく、同学年の会となる。ちなみにクラスに女性は3名で、相当モテたらしい。
首都圏には2割の80名ほどが在住しているが、それが”老後は田舎で”と帰ったり、亡くなったりして、徐々に少なくなっているようだ。
会には毎年十数名しか集まらないが、今年はこれまでに最少の10名だけだった。

昨年は常連の一人が亡くなったことから乾杯は献杯に変わった。今回も昨年の会に顔を出していた元気者が膵臓癌で春先に急逝。高校時代は短距離選手で有名なハンサムボーイで、会でもその後のモテぶりなどを話して、みんなを笑わせたものだった。一年で亡くなった全同学年のものは7名にもなるという。そんな献杯をした後は、例年通りわいわい・がやがや 好き勝手に話し始めた。

古希に近づいた同年の集まりで、自営業や企業人の現役が半分。話題といえば、ご多聞に漏れず体調のことから始まり、中には墓の話をする者もいるが、暗くならないのが良い。そのうちに、誰が何をしているという話題になった。企業ならばとっくに定年となっている歳だが、現在有名な神社の宮司をしている者、村長に当選した者、逆に市長選で惜敗した者、大学の教授を続けている者などなど。
会に初参加の者が、音大のナンバー2になっている者が居て訪ねたという話をして、良く聞いてみるとその学部長・教授は、高校時代に取った授業が多くて良く話していた者で懐かしい。早速コンタクトを取ってみることにした。

とり止めも無い話でオーダーストップの時はあっという間に来て、来年の会はの話になった。古希前だが記念に松本の本会にこちらが合流する形で秋に開催するという。多くの意見が、それも良いが東京の会も万年幹事の下で開催して欲しいということになった。

一年ぶりの池袋の居酒屋を後にしても、帰りの電車が一緒の者との話しが尽きず、50年も前に学び舎を一つにした仲間との楽しい時を持てた。

還暦のチャレンジ

2014-08-22 (Fri) 09:07[ 編集 ]
前々職から20年来の仲間が、昨晩マレーシアでのロングスティに夫婦で旅発った。日本での住居を引き払い、還暦後をかの地でゆっくりと過ごすためだ。

海外移住は何年も前から構想し、一時は南欧のリソート地の話も聞いたことがある。ここ数年は、政治の安定、物価の安さと医療や生活面の評価が高く、日本人が移住したい国7年 連続一位のマレーシアに的を絞って、幾度も現地に赴き準備を重ねていた。
長期滞在許可付きのビザの社特、住まいの選択、生活、持病の専門医、日本人ネットワークなどをかなり詳細に詰めていた。
国内でも、マンションを売却して仮住まいをし、愛猫を里子に出すなどして準備を進めたようだ。マレーシアはイギリス植民地で現在もイギリス連邦の一員ということもあって、英語は準公用語。彼は、この日常会話も堪能な奥さんに負けじとブラッシュアップをかけたようだ。

歳を重ねての海外移住という積極果敢さは、狩猟民族型の九州男児だからこそで、自分のような信州出身の農耕民族には到底真似は出来なく、羨ましくもある。

マレーシアといえば、「ルックイースト政策」を掲げたマハティール政権が記憶に残っているが、それを継承したアブドラ政権の下でも対日関係は良好のようだ。
首都で彼らが住居を構えるクアラルンプールは、熱帯雨林気候に属し、年間平均気温 27.8℃、年間平均最高気温 32.4℃、年間平均最低気温 23.2℃、ほぼ毎日雷を伴ったスコールが降るようだ。こんな気候だから、年中Tシャツに短パンで通るようだ。
生活面でも、日本食も手軽に調達でき、日本語の通じる病院もある。物価も年金の範囲内で十分暮らせる安さのようだ。

今日のクアラルンプールは、最低気温23度、最低気温31度の曇り、降水確率50%。東京よりも涼しそうだ。
以前大病を患ったこともあって、健康だけには気をつけて貰いたいが、還暦になってもなお持ち続けるチャレンジ精神に拍手を送りたい。

素敵な年賀状

2006-01-14 (Sat) 10:40[ 編集 ]
新年を迎えて二週間。ホームページ友達から「遅くなりました」との添え書きがある年賀状が届いた。毎年、素敵にデザインされた家族の写真の賀状が元日ら届くのだが、今年は見当たらず、寂しい思いをしていた。
今日届いた年賀状、写真のように何とも変わったものだ。台紙が透明で、その上に宛名とともに犬の切手、首輪、骨。裏返すと宛名ラベルの裏に、新年の挨拶が、首輪にもメッセージ、骨には住所が書かれている。流石にデザインを教える先生とデザインを大学で学ぶカップルのものだ。仕舞うのは勿体ないので、100均のだが額に入れて、パソコンの横に飾った。

間違った日本語

2005-06-28 (Tue) 19:29[ 編集 ]
05-06-26_12-32.jpg先日スーパーに行って、カートを引いていると、試食コーナーの女の子が「お豆腐になります」と小さな皿を差し出した。おっと、豆が豆腐になったというのなら解るが、何が豆腐になるんだ?。次に口から出たのが、「そのままで食べれます」…食べられるだろう、一体 “ら”はどこに行った?。思わず修正しそうになるが、気弱の上にシャイ。「このオヤジがぁ」等といわれるのを恐れて、笑顔で試食に手を伸ばしてしまった。
レジにいくと、自筆で「丁寧な言葉で、応対します」と書いたバッヂを胸に付けた若い女性が「お箸のほうよろしかったでしょうか?」「1万円からお預かりします」「駐車券になります」、もうこうなると無茶苦茶である。
こんな日本語、なにげに使っているけれど、自分にはまじありえない」と思うし、「微妙におかしくない?」といいたい。
こうした日本語の乱れに大人が大いに憂いて「問題な日本語」という本が売れているという。
ところで、写真はスーパー併設のパン屋の張り紙、求人といえば人を募集すること。これはリダンダントといって、「募集」というだけで十分に伝わる情報だが余剰となる「求人」が加えられている。乱れたより間違った日本語と言うべきだろう。昔、銭湯の壁にあった張り紙が「年齢不問」と書くところ「年齢不詳」であったのを思い出した。


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出身:長野県安曇野市
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