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日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

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神田祭と三社祭

2019-05-20 (Mon) 13:56[ 編集 ]
桜の季節が終わった5月の東京は、日本を代表する二つの祭が開催される。江戸三大鎮守の一つの神田明神の「神田祭」が第2~3週にかけて一週間、三日間で150万人の人出という浅草神社の「三社祭」が第3週に行われる。

神田祭の本祭は隔年毎で、今年は令和になって初めて、文化交流館完成後初めての本祭だ。
11日の土曜日に、御神輿は少しでも仕方がないと腹をくくって、10時前に出かけ、1時間で新お茶の水に着いた。2020年完成予定の新しい駅舎の建設工事中だが、神田川に架かる聖橋も工事をするらしく欄干側に囲いがあり、神田川や丸ノ内線などは見ることが出来ない。
明神様の大鳥居をくぐってもそれほど人出ではなく、本殿へのお参りも10分ほど並んで出来た。平将門像の展示があるというので15分ほど並んだが、見終って出てくると、参拝の列は随神門まで長く伸びていた。(神田明神とは平将門のことで、将門を祀っている)
肝心の御神輿は、一向に境内に入ってくる気配がない。待機中の消防署員に聞くと、宮入は夕方からで、それまでは町を練り歩いていると言う。完全に自分の勘違いだ。仕方なく明神様を出て、秋葉原方面に御神輿を探しに行くことに。明神下の交差点までいったところで、先週来の腰痛が酷くなり、引き返して帰路に着いた。

神田祭や三社祭の見物は、写真を撮ると言う目的に加え、自分の体力のバロメーターとして位置付けている。腰痛は、ギックリ腰のようないやな痛さで、日を追う毎に酷くなり。整形外科に掛かり、鎮痛剤と湿布で手当をした。

翌週18日土曜日に予定していた三社祭行きは翌19日に延期。当日は、コルセットを付け、滞在時間も1時間以内の見物に変更にした。宮入は2時以降の予定と分かっているが、浅草の場合、各町会の御神輿は色んな場所で見られることから午前中とした。
11時に銀座線で浅草に着き、雷門脇の出口から地上に出た。広い雷門通りが車両通行止めとなり、御神輿が練っている。雷門の真ん前では、外国からの観光客が多く、大声の中国語が飛びかっている。
雷門を入ると、仲見世通りは人の波で動きが遅く、平行している店裏の通りを宝蔵門方向に行き、伝法院通りを右折した。二階や屋根に乗っている白波五人衆を撮る為だ。「弁天小僧菊之助」「忠信利平」「赤星十三郎」「南郷力丸」は見付けたが、道路に設置してある筈の首領「日本駄右衛門」だけが、御神輿の為に一時的に移動したのか見当たらなかった。
宝蔵門から本堂(観音堂)の間は、立錐の余地もないほどの人の波。本堂前の御神輿を撮ろうと、かき分けて前に進む。何とか位置をキープしても、撮る段階になるとかざしたカメラや携帯電話ばかりが目立つ。それでも10回はシャッターを切って離れた。
そろそろ予定の1時間になるので、遠回りになるが混雑の少ない花屋敷通りに抜け、ホッピー通りを通って浅草公会堂に向かった。オレンジ通りに出て、空いた小腹の足しに焼き立ての鯛焼きを頬ばり、舟和で人形焼きを土産に買って雷門通りに出た。御神輿が練り歩いていることもあって人出が多く、地下鉄への入り口までやっと辿り着いた。
地上の混雑とは反対に、地下鉄渋谷行きは空席が沢山のまま発車した。
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多忙 ?

2019-04-21 (Sun) 14:57[ 編集 ]
先週、今週と行事が続き、久しぶりに忙しく過ごした。
一つは12日に義母の一周忌を長野県上田市の近くにある菩提寺で行い、二つ目は孫娘の記念写真撮影が18日に、19日には趣味の話だが昭和記念公園のチューリップを撮りにいってきた。

義母の命日は3月9日だが、雪や道路凍結が心配でお寺さんに相談して、一周忌は一か月遅れにしてもらった。
当日は長男・次男の家族と車2台に分乗して向かったが、もう30分ほどで着くという所で雪が舞い始めた。それでも標高が下がるにつれてそれも止み、予定時間の30分前にはお寺に到着した。
迎えられ先ずは、暖房が効いた部屋と温かいお茶で持てなしてくれた。法要の広い本堂はこの季節でも寒く、畳だと冷えるだろうと椅子を用意してくれた。読経は、住職と副住職の娘さんの二人で行ってくれ、焼香、法話と続き、30分ほどで終了した。頂いた塔婆と持参した生花を持って、境内にあるお墓に参った。孫たちがはしゃぎ回るなか、塔婆を据え花と線香を手向け、順に手を合わせた。
その日は、こういう機会はなかなか持てないのでと、皆して隣町の上山田温泉の旅館に泊まった。3時前で時間があるので、旅館お勧めの「あんずの里」に行ってみた。通り沿いの殆どの民家に薄桃色の花をつけたあんずの木がある。中でも山の中腹にある展望台は、ぐるりとあんず畑に囲まれ、満開を楽しめた。
宿は、かけ流しの浴場や屋上の露天風呂で温泉を堪能でき、夕食時になると大きな部屋に家族だけの場をセットしてくれていた。料理も信州産の山菜や肉、鯉なども並び、孫娘には子供向けに気を配った料理が出てきた。2歳と1歳の孫二人は、満腹になると広い部屋の中を駆け回って遊んでいた。

孫娘が来月3歳になるのと、少し早いが七五三の前撮りをするので、ジイちゃんたちも家族写真を一緒にと誘われた。
調布市仙川にあるスタジオでだが、仙川は50年ほど前に東京に出て初めて部屋を借りた場所。大家の二階、4畳の部屋と共同のキッチン・トイレ、風呂なしの生活が懐かしい。周りが畑だらけだったが、今ではオシャレなお店や大型店舗が並び、若者に人気の街と化している。初めての所のようで、ナビを頼りにようやく着いた。
ベネッセ経営の写真スタジオは、3部屋がいろんなシーンで撮れる様に設えてあって、衣装まで揃えてある。早速孫たちは着物に着替え、女性スタッフ二人で撮影に入る。そのうちに孫たちが飽きだし、孫娘は撮られるのを嫌がって逃げるのでスタッフと両親が奮闘する。和装の後は洋服に替えるが、この頃になると、泣き顔になる始末。それでも流石はプロの技術で、出来上がった写真は笑顔のものばかりだった。

スタジオ行きの翌日は、恒例の昭和記念公園でのチューリップ撮影。去年は4月12日で満開だったが、今年もこの陽気では同じころと思われた。ホームページでも14日が見頃とあり、19日では花のピークをかなり過ぎているのではと、危惧しながら向かった。
いつものように9時半の開園と同時に入り、渓流広場のチューリップガーデンに急いだ。
西立川口を入りしばらく行くと、もみじ橋の右手に水色のモネフィラの丘が見えた。今年は面積が広くなり、小さな丘全体を水色が覆っている。
池を囲むチューリップは、きれいに咲いていてまだ見頃を続けている。ところどころにアクセントとなっている青紫のムスカリも開いている。池の周りを左回りに写しながら移動する。色とりどり・形さまざまであまりにも多くて、目についたものしか撮っていられない。リーフレットをみると242種類22万球も植えられているらしい。池に繋がる川の先まで畑は広がっている。去年まではこれほど広くはなかった。昨秋来た時にバリアフリー化の工事中と聞いたが、拡張もこの時にやったのかもしれない。
平日だが、この景色を見に女性や高齢者が大勢来場し、外国の人たちも足を運んで来ているが、あと一か月もすればチューリップは「また来年」となる。球根は掘られて秋の植え付けまで保管されるのだろう。

混雑なしの明神様詣で

2019-01-05 (Sat) 21:24[ 編集 ]
5日の朝刊を読んで驚いた。「うちにも行列を」の見出しで、神田明神の4日の人出の記事で、境内にびっしりの人波の写真を添えて「参拝客は30万人」と載っている。昨年は4日にお参りしたが、本郷通りにまで何列もの人出だったので、今年は会社員の少ない5日に行くと決めていた。

午前10時で寒さもそれ程ではなく、混雑は去年よりは少ないだろうと聖橋を渡った。
本郷通りの湯島聖堂前の交差点に差し掛かると、信号待ちが10人程と想像より随分少ない。大鳥居をくぐっても随神門まで参拝客で隠れることなく見通しが効くほどで、平日の人出と変わりが無い。本殿前に進んでも一列に3人ほどが並ぶ程度で、端の方は誰もいなく、直ぐにお参りが出来た。
古いお札をお返しするのに裏手に回ると、珍しく猿回しをやっていた。一所懸命健気に芸をするサルを見ていると可哀想な気もしてきた。
その後、12月にオープンした文化交流館に設けられている神札授与所に回ったが、ここにも並ぶ人は殆どいない。いつものように、天照大神のお札、交通安全のお守りセット、それに今年は孫二人へのお守りを加え、4500円程納め頂いた。
境内でただ一カ所長い行列を作っていたのは、石造りとしては日本一大きい「だいこく様尊像」の前だが、待ち時間を考えてここはパス。以前はだいこく様の近くにあった「えびす様尊像」は文化交流館の角に移り、お参りする者がいなく寂しげで、思わず手を合わせた。
帰途につく前に、参道の三河屋で甘酒を飲み、ついでにと売り子の人に写真を撮って貰った。

聖橋の手前の湯島聖堂があり、受験生が親戚にいるわけではないが寄ってきた。参拝の人が例年より更に少なく、本堂前には数人しかいない。本堂を出て階段を降り、久しぶりに孔子像にお参りをした。

聖橋から神田川の上流側にはJR御茶ノ水駅改良工事が進んでいて、架設桟橋や巨大クレーンが見える。既に開始5年ほどになるが、2020年3月の完了を目指しているというから、もうすぐだ。
この近くの職場から離れて10年強になるが、この間に再開発などで街の景色は随分と変わった。街の顔の駅がリニューアルされると、懐かしいお茶の水は更に遠のくと思うと寂しい気もする。

三社祭を覗きに行く

2018-05-20 (Sun) 15:10[ 編集 ]
19日土曜日に、浅草神社の三社祭に行ってきた。
前週からの口唇ヘルペスが広がってきたので、皮膚科で診ててもらうと「体力が少し衰えて、ウィルスが動き出したのだろう。暫くは無理はせずに」との診断で軟膏での治療だ。
と、いうことで、暑さに慣れない中での浅草は、覗く程度にしておくことにした。

9時半には銀座線で浅草駅に着いたが、地上への階段は既に満杯の人出で、海外からとおぼしき人が多い。雷門近くの出口からは、派手な浴衣が目に付くが、容貌や話し言葉から日本人のそれでないと分かる。そんな人達も多く仲見世通りは混雑しているので、裏の道を通って浅草公会堂に抜けたが、路地にもシンタルの着物の看板がある。
10時前で、まだ御神輿の気配がしない。
伝法院通りとの交差点の呉服屋のビル屋上の鼠小僧を見ながら右に折れると、一寸した人だかりが出来ている。動物喫茶のPR嬢が梟を連れて、チラシを渡している。それを撮ろうとする人達を笑ってみていたが、自分もスマホを取り出していた。
御神輿が来そうもないので、改修中の伝法院を左手に仲見世通りを目指すと、御神輿のかけ声が聞こえてきた。

通りの先にスカイツリーが大きく見える仲見世通り角の手ぬぐい屋「浅草くるり」の先だった。この辺りの屋根や看板の上に白波五人男の人形が乗っていたり、通りに立っていたりする。くるりの屋根の上には「弁天小僧菊之助」が乗っている。他のカメラの構えも一緒だが、御神輿とこの人形が一緒に入るタイミングを待って自分も何枚か撮した。
今日は未だこの一機だけなので、宝蔵門を通って本堂の前に行くと、御神輿が次々と本堂前を通って裏に集結している最中だ。警官に聞くと未だ始まったばかりと言うので、先ずは本堂でお参りした後でゆっくり撮ることにした。
どこもかしこも外国の人が多いが、柵の上に乗ったり、御神輿を追って歩いたりで、やりたい放題。観光客が金を落とすのは悪くはないが、マナーにはいささか問題ありだ。

目の前を通る御神輿のかけ声を聞きながら、シャッターを切るが、前に位置する他のカメラやスマホが邪魔になる。ようやく最前列になったが、「ソイヤソイヤ」「オイサオイサ」のお腹に響くかけ声は、少しヘバって来た体に元気を注入してくれる。
5機ほど通り過ぎた後で、ぴったりと来なくなった。裏の広場に参集する途中の御神輿も5・6機止まって休んでいる。昼にかかったようだ。昼過ぎには、町内神輿100基裏庭にが集まり、順次浅草神社でお祓いを受けてから各町内に渡御するが、今年はそこまではと帰ることにした。

帰りは駅までブラブラ、途中の居酒屋はいずれも満杯で、通りまでイスを出して賑やかだ。和菓子の舟和の辺りで毎年芋のソフトクリームを食べるのだか、今年は舟和の向かいの鳴門鯛焼本舗に目が移り、熱くて火傷しそうでたっぷりの餡子を味った、194円也。

余談だが・・
浅草寺はセンソウジ、浅草神社はアサクサジンジヤと呼ぶ。お寺は、中国から伝わる仏教=仏様を祀っているために音読みが使われ、神社は日本由来のもので訓読みが多いのだそうだ。
金龍山浅草寺(キンリュウザン センソウジ)は、1400年近い歴史をもつ観音霊場で聖観音宗(ショウカンノンシュウ)の総本山だが、明治維新の神仏分離令により浅草寺らか浅草神社(アサクサジンジヤ)が分かれた。

茨城での展覧会と国営公園

2018-04-03 (Tue) 22:14[ 編集 ]
茨城県の東海村に住む兄から、写真・水彩画二人展の案内が届いたのは新年が明けてまもなくの頃。夫婦の年齢を足すと160歳を超えたこともあり、ラストチャンスとして夫婦夫々が趣味の写真・水彩画の展覧会を開くというのだ。
兄は写真を長年やっていて、地元のコンテストには幾度も入選していることは聞いている。友達数人と東京四谷で何回か展覧会を開き、自分も毎回顔を出していたので作風もだいたい分かっているし、自分の書斎にも兄がパリの風景を撮ったA2サイズの作品が飾ってある。
しかし、嫂が水彩画を二十数年の趣味としていたことは初耳だった。

展覧会は3月28日から5日間地元のひたちなか市にあるギラリーでの開催で、29日に常磐線の特急ひたちに乗った。新型E657系とあって、乗り心地がとても良く、東京を出ると停車駅は上野と水戸だけで、1時間17分で勝田に着いた。
勝田駅まで兄が来るまで迎えに来てくれ、ギャラリーに。貸しギャラリーと軽い飲食が出来る店が併設されていて、二人で35点ほどの作品はギャラリーと飲食コーナーに飾られていた。初日は70名ほどの来訪があったとのことで、二日目のこの日もひっきりなしにお客が見えて盛況だった。
兄の作品は、フランスやスペインなどの風景、日本の寺院や運動会などを撮ったものが多く、中には上手く撮れていると感心せずにいられないものもあった。
嫂の水彩画は、どれも非常に細かく丁寧に描かれていて、蕎麦畑や桜の大木の作品では、無数の花を一つひとつ描いた緻密な筆使いに驚かされた。

小一時間滞在の後、帰りの特急まで少し時間があるので、国営のひたち海浜公園に寄った。
陸軍の水戸飛行場が戦後米軍の水戸射爆撃場となって利用されていた跡地で、開園面積約200haというからとてつもなく広大だ。じっくりと見て歩くほどの時間も体力もなく、一番近くて今が見頃という水仙ガーデンに足を向けた。
水仙はびっしりと植えられ、どれも満開だ。色や形が区画毎に違うのでリーフレットで確認すると550品種もあるという。その株数は100万というから、家の庭の2種十数本とは桁違いで圧倒される。一眼レフを取り出し”数撃ちゃ当たる”方式でバシャバシャとシャッターを切った。
水仙から離れ、池の端の大きなコブシの白い花や、空色で小さなネモフィラを眺めながら、冷たいソフトクリームを楽しんだ。

ウィークデーで人は少ないが、外国からの観光客が目に付く。首都圏からは遠いこの公園にも足を向ける人たちが多いとは、観光立国日本を標榜しているとはいえ、少し意外だった。

勝田駅までバスで25分と思いのほか遠く、余裕を見て特急の1時間前のバスに乗り、公園を後にした。
初夏のような汗ばむ陽気の一日だった。

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