日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

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還暦

2016-09-19 (Mon) 12:45[ 編集 ]
還暦といっても自分のことではない。家人が先週60歳になった。
息子達が皆で還暦のお祝いをと言い、小さい子がいるので昼食にして外の店で、家に戻ってから第二部をと手配してくれた。店は小さい孫が居るので和室を借り切りに出来る所ということになり、車で10分の以前に使ったことがある民家風の蕎麦会席の店になった。

中庭が雪見障子越しに見える6畳間に長男夫婦に孫、次男夫婦で7人、乾杯の後「涼秋膳」と名打った季節の料理と青じそ蕎麦+甘味を頂いた。
和気あいあいの家人のお祝いなのだが、どうしても生後4カ月の孫娘が中心とり、高い高いもされていた。

締めの甘味のぜんざいを頂いてから家に戻ると、バースデーケーキが待っていた。家人が6本のロウソクに息を吹きかけた後は、それぞれがプレゼントを上げた。

自分が還暦の7年前、息子達は独身で、4人で焼肉を食べに行った記憶がある。息子二人が結婚し、お嫁さん達の気遣いがあっての今回の会となったのはいわずもがなで家人の笑顔もいっぱい。有り難いことだ。

今日は敬老の日。先日お隣の方から「老人会に加入しませんか」と話があり、やんわりと断った。長寿のお祝いは満60歳の還暦の次は70歳の古稀、そして77歳の喜寿、80歳の傘寿、88歳の米寿と続くが、人生50年頃の長寿と現在とでは大違い。自分も高齢者のバー65歳を超えたが、自身では未だ老人とは思っていないし、老け込んではいけないと思っている。
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お食い初め

2016-08-15 (Mon) 14:04[ 編集 ]
長男の娘が生まれたのは5月初め、それから三か月が経つ。出産時に成城学園にある産婦人科病院と息子宅を深夜に行ったり来たり。その孫娘が寝返りをうてるようになっても、そのバタバタがつい先日のことのようだ。
孫は、少なくても毎週1・2度連れられて来るのだが、その度に顔がすこしづづ変わっているし、笑ったり声を上げたりするようになってきて、乳児の育つ早さには目を見張っている。

そんな折、息子から「お食い初めをしたい。お膳などの道具は嫁が使ったものがあるし、必要な料理も用意するから」と言ってきた。長男や次男の時は、それをしなかったので、何をどのようにするのかが分からない。とりあえずOKを出し、比較的広めでエアコンが効き易いわが家の一階の客用リビングですることにした。

「お食い初め」を調べると、平安時代から始まったもので、子供が食べ物に一生苦労しない事を願う儀式のこと。生後100日目頃を目処に行い、歯が生えるほど成長したことを喜ぶ意味も込めているという。
赤ちゃんに小さいお膳に本物の鯛、赤飯、吸い物、煮物、香の物などを用意して、初めて食べ物を食べる真似をさせる。また、丈夫な歯が生えることを願う「歯固め」の儀式をするが、この石は、お宮参りをした神社からもらうようだ。
さらに、食器は、お椀は漆器や素焼きで、女の子用は外側が黒塗りで内側が朱塗りのもの、箸は祝い箸が基本と決め事がかなりうるさい。

家人も祝いの席の料理を作り、寿司の出前を孫の分もと5人前注文した。長男達が到着し、式に使う漆器に料理と小石を盛り、焼いた鯛を添えて準備完了。

食べさせる役は女の子の場合は祖母が一般的と家人が孫娘を抱き、長男が言うが儘に箸を動かす。
先ず数粒の赤飯を祝い箸で口元まで運び、食べさせる真似をする。次は吸い物、赤飯、魚、赤飯、吸い物と続く。これを3回繰り返すのが慣わしのようだが、慣れない姿勢に孫が愚図り出し、「一回で良いか」ということなった。
締めは歯固めの儀式で「歯固めの石」に、箸を軽く当て、その箸先を歯茎にちょんちょんとした。

堅苦しい儀式の後は、眠った孫をソファに寝かせ、4人で談笑、料理に舌鼓を打った。
生後毎月フォトブックを作って届けてくれるが、お食い初めのシーンが沢山載るかと思うと楽しみだ。

お宮参り

2016-06-15 (Wed) 22:44[ 編集 ]
孫娘の誕生から一ヶ月が過ぎて、病院の検診で体重・身長とも順調、母親の回復も良好とのことで安心をした。
ほぼ毎日孫の顔を見ているが、顔つきが日々赤ちゃんらしくなり、ふっくらとしてくるのが分かる。一ヶ月で1㎏、4㎝大きくなったらしい。
息子から「今度の土曜日に、平服の祈祷でお宮参りをしたいので、父方祖父母も一緒に」との連絡があり、承知をした。

自分は神道に縁の深い大学の出だが、学部も違い、必須の神道概論も可の有様。神道の儀式には疎く、土日出勤は当たり前の時代だったこともあって、長男も次男も正式のお宮参りや七五三などはしていない。
長男のお宮参りは、自分達がしなかったためか義母がお参りに行ってくれたと後で家人から聞いたことがある。
こんなだから、長男の申し出にも「付き合うよ」と返事をしておいた。主役の赤ちゃんは祝い着だが、他はジャケットにノーネクタイ、家人はワンピース、掛け着の羽織はナシと打ち合わせた。リタイアした小生が夏のジャケットを着るのは2年ぶりで、ズボン・Yシャツも取り出して、サイズを確認した。

当日、車で家から5分の長男宅で、一家3人を乗せ、15分ほどで神社に着いた。この辺りでは一番大きな神社で、朱の大きな鳥居が嫌でも目に入るが、本殿は通りを挟んだ山の上にある。流石に赤ん坊連れで山登りは出来ず、お参り・祈祷は鳥居の傍の儀式殿だけにした。
初宮詣の祈祷は、4組一緒に珍しい女性の神職が執り行った。居住地・父母・子の名前、生まれた日などかなり詳しく祝詞を上げている。4人の赤ちゃんの中の二人は毛がふさふさしてどう見ても大きいが、この祝詞を聞いて3月生まれと分かった。お宮参りは一般的には生後一ヶ月らしいが、これを見るとそうでなくても良いらしい。

お参りの後、長男が昼食の席を用意していて、10分弱で住宅街の民家を改造した一軒屋、蕎麦会席の店に着いた。
席は和室の個室で、主役の赤ん坊は、授乳の後で座布団の上に寝かせ、初夏膳のコースで、冷えた鮪のぬた、蕎麦豆腐、揚げたての穴子天婦羅などの後、二色の蕎麦、〆は蕎麦団子が入った汁粉。どれも口に合って美味、満腹・満足した。

三日後の昨夜、長男から娘の写メが届いた。また少しふっくらして、服が少しきつくなったようだ。

高校卒業は遥か昔だが・・

2015-11-21 (Sat) 20:43[ 編集 ]
いわゆる東京の街に出たのはこの半年で3回。普段出掛けるのは、近くの町か郊外ということになる。昨日は、先月と連続しての街だった。市ケ谷の私学会館で松本の高校の首都圏の仲間の集まりがあったからだ。

同級会でもなく同窓会でもなく、同学年の会だ。同学年といっても10クラス400人が居て、しかも時間割が個人別2週間の設定なので、三年間での授業で顔を合わせる者は半数にも満たない。また、クラス別のホームルームが二週間に一回だったので同級意識は全くなく、同級会はなりたたない。ということで、会は首都圏に住む同学年卒の60人が対象としたものだ。

会は年に一回、勤労感謝の日の前後のウィークデーと決まっている。毎回、永久幹事をお願いしている仲間が、葉書やメール、電話などで声を掛けてくれているのだが、出席は毎年10~15人ほどで女性が出てくることは珍しい。歳を重ねていても華にはなるとは思うのだが、同学年30人の女性達で首都圏在住は10人程なので、こんなものなのだが・・。

今回も、出席は老年に足を突っ込んだ男性12人。毎回見る顔に、釣り名人の元造船技師でとこの所テレビでも顔を見る大学教授が何年かぶりに顔を見せた。

6時に幹事の簡単な挨拶で始まった会だが、一昨年に顔を見せた仲間が亡くなったことから、献杯をかねた乾杯をし、直ぐに近くの席の者達での雑談に移った。
卒業後50年弱、記憶も薄れていて、手元の名簿と顔が一致しないことなど普通で、去年親しく話し者の名前を間違えたりするが、こんなことはお構いなし。

身体の調子から話が始まるのは、この歳のどの場でも一緒のこと。病気は何で、飲んでいる薬はどんなもので・・。そのうちに、誰かが墓の話をし始め、こうなればお笑いだ。向こうの席で、同学年卒の誰が亡くなったと話せば、「何でなくなった」「それは聞いてなかった」「一緒の授業じゃないから知らない」などと言葉が交叉する。釣りの話になれば、「船酔いがする俺は駄目だ」には「釣った魚をこうやって調理するとたまらない」と返す。こうなれば好き勝手に席は変わって、わいわい。予定の2時間は直ぐに過ぎた。

酔いが程よく廻った一人が立ち上がり、「年に一度ではなく一泊はどうだ」「その場合の幹事は○○と○○、宿の手配は○○でどうだ」。良い悪いも無く、その場で決定となった。
お開きになり、それぞれ「来年また元気で逢おう」と握手交わし、各々散って行った。

旧姓中学からのバンカラを引き継ぐ3年間を同じ校舎で過ごした仲間が、2時間だけだが同じ空間の中に居ると、50年前が妙に懐かしかった。翌日、数年前の擁立80周年時発行の分厚い同窓会名簿を引っ張り出し、同学年のページをめくって見た。

夏の花火

2015-08-23 (Sun) 14:31[ 編集 ]
今年が27回を迎えるという近くの公園墓地「春秋苑」の送り火行事「還燈会(かんとうえ)」に行ってきた。行くといっても、家の前に見える丘陵の頂きで徒歩10分ほどの近さで、ほぼ毎年そこで催されるライブコンサートと献灯の写真撮影に行っている。

友人の墓に参ってから会場には6時近くに着いた。ひところほどの暑さではないが、それでも汗ばむ夕暮れ時だ。
法要、奉納の雅楽の演奏に続いてのライブが恒例だが、一昨年は夏川りみ、昨年はビリーバンバン、そして今年はタケカワユキヒデだ。ステージを前に墓地に縁のある招待者が折り畳み椅子に2・300人座り、その周りを一般観客が埋めている。

「モンキーマジック」で登場したタケカワは、持ち歌数曲を歌ってから、「ビートルズ好き」と言って何曲もビートルズナンバーを続けた。取り立てて彼やゴダイゴのファンではないので、ライブの楽しみはここまでとし、肩のカメラで数千個の献灯の幻想的な景色を撮ってから、花火は家でと、街灯もない暗い道を戻った。

途中で墓地の背景となる遠くに花火が意外と大きく見えたので、墓地の中に入っていくと、見物の何人かのシルエットが見えてきた。方角からは調布多摩川河川敷で、約8000発・38万人もの見物客の大花火大会だ。珍しい形ものや大輪の打ち上げ花火が次から次ぎへと打ち上がる。花火が開いた後しばらくしてから、ドーンという低い音が聞こえてくる。これとは違う方向からも花火の音が聞こえ、何箇所かで大会をやっているようだ。

家に着くとシャワーに直行してサッパリした後に夕食を採って花火を待つことに。毎年8時半ころに上がるが、今年は一向に始まらない。ようやく9時近くになって大きな音が家を揺らした。カメラは写真を、iPhoneは動画をと、ベランダに急ぐ。
ヒュルルル…、ドドーンッ…腹の底まで響くような音、パチパチパチ・・・と空いっぱいに花が広がる。調布のハート、土星、ドーナツや蝶のように凝ったものはないが、迫力ではここが優る。写真、動画と撮るのに忙しくしていると尺球が上がり、10分もない大会は締めとなった。

日本の花火はその美しさから世界一といわれる。あるサイトによると、海外の花火の特徴が、・花火玉は円柱型、・色は一色、・短時間での連発にあるという。
これに比べ日本の花火は、・円形に開く、・玉は球体、・色の変化が様々、・種類が多い、・花火大会の時間が長い、・お祭りなど頻繁に打ち上げるなどが特徴だという。そして、打ち上げ時のヒュルルル…のも日本独特の仕掛けだそうだ。
日本の花火・花火大会は、その美しさ・精巧さも芸術の域に入ったようで、海外でも日本製が使われることもあるという。

短時間だが、今年も「夏の花火」を楽しんだ。

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