日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

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義理チョコ

2009-02-14 (Sat) 13:22[ 編集 ]
2月14日は、いまや国民的行事となったバレンタインデー、毎年十年来の一人のメル友から宅配便でチョコレートが届く。いつもは12・3日に届くので、今年はいよいよ無くなったかと少し寂しい思いをしたが、今朝郵便で届いた。毎年、選んだチョコについて一言添えられていて、今年はそれに『少しづつ召し上がって・・』とある。毎年リビングに置くとなくなるのが早いので、今年は自分の部屋にと決めて、さくらパンダのチョコを食べながらこれを書いている。

以前の会社では、阪神淡路震災の際に、義理チョコをやめてそのお金を寄付に・・としてからその習慣はなくなり、転職した今の会社でも義理チョコの習慣はなく、生命保険のセールスレディーの立ち入りお断りもあって、義理を貰うことはなくなった。ということで、毎年は家内からのそれこそ義理チョコと、友達からの二個となっている。先日の人間ドックでも、メタボゾーンに入ったので「カロリーや当分の取りすぎ注意」と言われたが、下戸で甘党にチョコレートは堪らない。

「バレンタインデーにチョコ」の日本での歴史は、昭和11年(1936年)に神戸のモロゾフ洋菓子店が、欧米での男性も女性もケーキやケーキなどを恋人に贈る習慣があるSt. Valentine's Day=2月14日にあわせて、英字雑誌に「バレンタインチョコレート」の広告を出したのが始まりとされている。その後も似たような状況が続いていたが、本格的に習慣として根付いたのは、昭和35年(1960年)に森永製菓がキャンペーンを張って販売したからという(Wikipedia)。現在では、日本のチョコレートの年間消費量の1~2割がバレンタインデーで消費されると言う。しかし今年のように14日が土日に重なると会社関係の義理チョコが激減するらしく、男性から女性に贈る「逆チョコ」や女性が女性へ贈る「友チョコ」、などという業界戦略にはまった習慣が広まっている。もっとも、女性の「自分チョコ」も多いらしいが・・。
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床屋と桜と銭湯と

2009-02-11 (Wed) 21:38[ 編集 ]
1月の平均気温が7度という暖冬だが、朝は雪がチラホラ。30年来行きつけの床屋の本日最初の客となり、街の移り変わりの話、家の塗り替えの話、知り合いのその後など他愛もない話をし、一時間弱の月一のリラックスタイムを過ごした。その後、先週の予定を先延ばししたスーパー銭湯に向ったが、床屋のご主人の話では近頃近隣にこの種の湯が何軒も出来ているらしい。ご主人の勧めで行き先を別の銭湯に変更したが、ここも車で15分足らずの距離だ。
途中、撮影の練習にに良い被写体はないかと、いつもは車の窓越しに見る「王禅寺ふるさと公園」に寄ってみる。自然林を生かした散策道を抜けると広場が開け、周りの紅梅や白梅はともに満開でよい香りを放っている。日本水仙が何株かまとまって植えられ、これも今が盛りと花びらを広げている 。道沿いの桜もつぼみが少し膨らみ、中には開いているものもあり、立春が過ぎたとはいえ未だ2月、数個だが桜が咲くとなると暖冬を実感する。染井吉野に良く似た幹と花だが、染井吉野の実生から選別育成した「玉縄桜」という早咲きの種類のようだ。 
少し冷えてきたので、早く湯に浸かりたいと、そこから10分足らずのスーパー銭湯「すすきの湯けむりの里」に向かった。二階のフロントで休日料金750円のチケットを買い入場するが、11時前なのにかなりの混みよう。15種類の風呂があるとのことで、早速白湯、マッサージ風呂、シェイプアップ風呂に入り、三階にある露天風呂に。ここはいつものよみうりランドの丘の湯の半分ほどの広さで、寝湯もにごり湯も人で埋まっていて、早々に二階に戻りいくつかを試してみる。しかし、もともと烏の行水で長湯と熱い風呂は苦手、一時間で十分堪能した。
建国記念の日は、床屋に風呂に桜・・リラックスできた。

薬師池の福寿草

2009-02-08 (Sun) 15:29[ 編集 ]
この週末はどこに行って写真を撮ろうかと迷いながら、子供が小さい頃に行った町田の芹が谷公園と一旦は決めたが、地図で確かめると同じ町田に新東京百景に選ばれたという「薬師池公園」があり、そこに車で向かった。

ここの面積は10haと新宿御苑や井の頭公園と比べれば狭いが、江戸時代寛永年間に開拓され宝永の富士山の噴火の降灰で埋まったものを3年かけてさらったという用水池に太鼓橋がかかり、茅葺きの古民家も移築されている和風公園だ。
裏門から雑木林を下ると水車小屋があり、菖蒲園がある。池の周りには300本以上と言われるの桜が取り巻き、250本もの梅林がある。公園紹介のサイトには満開の桜の写真や菖蒲が咲き乱れる写真があったが、フォトサロンで開かれている写真展ではモミジの写真が多数あり、秋の紅葉も見ものらしい。
今は2月の初めということで梅の季節だが、谷になっていて風が冷たいためか未だ二分咲きといったところで、カメラを向ける対象が少ない。それでも茅葺きの古民家の庭に福寿草が纏まって咲いていて、お日様に照らされて金色に輝いてる花に早速レンズを向けた。故郷の近くの四賀村(今の松本市四賀) 赤怒田(あかぬた)に福寿草が群生しているところがあり、何回か見に行ったことがあるが、あの寒い地域では春一番に咲くまさに春を告げる花だ。
そんなことを思い出しながら、立春過ぎの春を上手く写せないかと場所を変え、角度を変えてパチリパチリ。花の高さがせいぜい10cmくらいで、地面スレスレのローアングルにカメラのライブビュー画面が役立つ筈だが、なかなか使いこなせない。十数枚を撮って気に入ったものは2枚しかない。未熟な腕が情けなく、経験を積まなければと、早くも来週の場所を考えながら、池を後にした。

福寿草は東アジアが原産で、日本でも北海道から九州までの山林に生育する身近な花で、正月には寄せ植えの鉢が売られているのを見る。花の時期は初春で短い茎の上に花を咲かせる。この花は日光が当たると開き、日が陰ると閉じる。
春を過ぎて夏になると地上部分が枯れてそれから春までを地下茎だけで過ごし、春になるとまた地上に現れる春植物とのことだ。日本では春を告げる代表的な花で、福寿草という和名の由来は、旧暦の正月頃(二月)に開花することから幸福と長寿を表す「福寿」としたものということで、元日草や朔日草(ついたちそう)とも呼ばれていたようだ。

昭和記念公園へ

2009-02-01 (Sun) 21:53[ 編集 ]


三週続けて、写真を撮りに大きな公園に。今日は何処にと地図で緑色の多い場所を探すと、立川の近くに昭和記念公園がある。
子供たちは遠足で来る場所だが、家からは二十数キロあるので、行ったことはなく、初めての場所だ。

南武線に揺られること25分で立川駅に到着、徒歩で10分で公園の立川口だ。案内所で地図を貰うが、聞くと東京ドーム40個分の広さで、歩くと3時間はかかり、バスやレンタサイクルが用意されているという。しばらく歩き料金所で400円を払って入場するが、日ごろの運動不足解消の目的もあるので、徒歩で回ることにする。昨日の雨は上がって快晴だが、木立が音を立てて鳴るほど風が強く、その為か真っ白に雪を被った富士山が良く見える。日曜日の11時だが、風が冷たい為かあまり人は多くなく撮影日和だが冬で花は少ない。
案内所の女性が今見られる花は、水仙、梅、蝋梅、こぶし等だと教えてくれたが、カメラを持った人が目立つ場所が花の咲いている場所と分かり、特にスノードロップや福寿草の咲く辺り場所には、地面スレスレにカメラの放列が並ぶ。小さい花は風に揺れているので、ピンボケにならないようにするのはかなり難しい。この季節はクヌギや桜、プラタナスなどの枝だけになった大木が、青空にシルエットとなってなかなか良い被写体だが、なんとも寂しいので家族連れや子供がワンポイントで入る瞬間を待つことになる。花や子供とシーソーで遊ぶ親子、凧を揚げる小学生などを入れたものも撮って、公園の半分を回ったところで既に1時間半、そこから戻るのにまた時間がかかる。少々疲れて立川までの元気はなく、帰りは西立川駅を利用した。

練習にしてはまあまあの写真が撮れたが、春の桜や菖蒲やチューリップ、夏の向日葵、秋のコスモスなどが咲き乱れる様は格別だろうと、また来ることにした。

昭和記念公園は、立川市と昭島市に跨っている。米軍立川基地が昭和52年に全面的に返還されて、昭和天皇在位50周年記念事業の一環として、昭和58年10月にオープンした国営の公園。広域防災の基地というのもその役割の一つということだ。

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お~さま

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出身:長野県安曇野市
現在:神奈川県
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