日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

04 < 2012/05 > 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -


スポンサーサイト

-------- (--) --:--[ 編集 ]
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

夏蜜柑の売れ行き

2012-05-26 (Sat) 16:21[ 編集 ]
隣家が家を売却し引っ越しをした。
伸び放題の夏蜜柑の枝が隣の庭に掛かっていても、今迄は縁続きということで放っておいたのだが、新しい住居人が全くの他人というとそうもいかず、枝を切ることにした。

風邪気味を押して早朝から枝払いをし、二抱えもの枝や葉をゴミ回収に間に合うように出した。枝払いとともに、高枝鋏も使って実を落としたが、予想の100個には届かないものの80個も取れた。味見してみると時期が過ぎたためか、大きいものはパサついているが、小ぶりのものは実が締まってまあまあの味で、酸っぱさもほどほど。

80個のさばき方を思案し、まず近所の家3軒に声をかけ20個、ドラックストアの顔見知りの店員さんたちに20個、これで半分。家用に10個とり、残りの30個は、何年か前の成功体験から、午後になって「ご自由にお持ちください」の貼り紙を付けて門のところに置いた。

先ほど、車を止まって子供の「いただきまーす」の声がした。さて売れ行きはどうだろうか?
スポンサーサイト

ランボルギーニのプルバックカー

2012-05-25 (Fri) 14:54[ 編集 ]
会社からの帰りがけに買い物を頼まれ、バスロータリー横のコンビニに寄った。レジに行くと、手前のワゴンに缶コーヒーのオマケ付きWONDA 金の微糖が積まれ「在庫限り」の紙が貼ってある。景品の中身は、「since1963 Lamborghini アニバーサリーセレクション -History of 50 years」とある。バスの時間が迫る中、3缶をカゴに放り込んだ。

家人の「またか」という視線の中で手に取ると、ランボルギーニの名車がチョロQのようなプルバックカーとして小さくデフォルメされているものだった。
全10種と書いてあり、ここで収集癖が目覚めて翌日も三缶買ってきたが、どういう訳か一つが昨日のものと同タイプ。ケースに種類の番号が振られているのに気づき、メモをして次の日に残りの5種類と飾るケースを百均で買って、部屋に飾った。

自分の部屋には、こんなふうにして集めたアニメのフィギアやミニチュアカーが、ケースに入れて所狭しと置いてある。ケースは何段も積み上げている為に不安定で、昨年3月11日の震災の時には崩れてしまい、わが家でただ一つの被害がこれだった。

オマケの玩具といえばグリコが有名だが、玩具が入れられたのは1927年(昭和2年)からだという。その種類は、2万数千にもなり、これまでに約40億個も出ているそうだ。こんなに出回っているオマケでも、小さい頃にはなかなか買ってもらえなかった。その反動が、今の行動になっているのではないかと思う。

ミニカーが乗っていた肝心の缶コーヒーは、まだ4缶が売れずに冷蔵庫に残っていて、家人のクレームの元になっている。

二年ぶりの三社祭

2012-05-19 (Sat) 21:36[ 編集 ]
先週の土曜日は、いつもなら江戸総鎮守の神田明神の神田祭に行くところだが、年ごとに大祭と蔭祭が入れ替わり、今年は蔭年というので足を向けなかった。
翌金曜からは、浅草神社の例大祭の三社祭。ここ何年かは年欠かさずに行っていたが、昨年は震災で中止となり、2年ぶりに「熱気」を体感し、カメラで「勢い」をおさめようと快晴の土曜日に出かけた。

本社の神輿3基は日曜に宮出と宮入が行われこの日が祭りメインだが、土曜の氏子44ヶ町の町内神輿が100基以上練り歩くのも見ものだ。

一眼レフ、ズームレンズ、コンバクトデジカメを入れた重いザックを背に、9時半に家を出て一時間強で、電車3線を乗り継いで浅草に着いた。

2年ぶりの開催とスカイツリーの開業を来週に控えていることもあって、人出を予想していたが、地下鉄から地上にでると雷門方面は早くも人でいっぱい。一つ手前の通りから仲見世通りに入るが、11時を回り既にお神輿が次々と入ってきて、身動き出来ない程になった。何とか再び裏道に出て宝蔵門に回ったが、先ほどの混雑でカメラのレンズフードがどこかに行ってしまったことに気が付いた。

震災・福島の原発事故前の浅草には、年間3000万人程の観光客が訪れ、このうちの半数程度が外国人だったという。今年はそれも元に戻りつつあるようだが、会話から中国人らしい観光客がやたら多い。そして、これも観光メニューなのか法被を着た白人男性がお神輿を担いでいるのが目に付く。

宝蔵門近辺では、お神輿の背景にスカイツリーが入る絶好のポジションを確保し、何回もシャッターを切った。その後、人垣をかき分け、浅草寺の本堂に入り仲見世通りを見渡せる階段の最上部に行くと、見えるところ全部が人でびっしりなのに改めてびっくりした。
寺から浅草神社に周ってお祓いを受ける様子を写したあと、あまり暑さにカキ氷で一息入れた。そして、再びうろうろ。

気が付くと、浅草寺の周りはお神輿の通り道となり、ぐるりとロープが張られ、そこに観客が幾重にもなっている。まるで陸の孤島のようになってしまっていて、そこからロープをかい潜って抜け出すのに30分もかかってしまった。
12時を一時間半も過ぎていてさすがに空腹を覚え、タコ焼きの屋台に入った。
そして、仕上げはソフトクリーム。甘いものついでに、満願堂の芋きん(芋で作った金つば)を土産に買い、銀座線の階段を降りた。

三社祭の写真はこちら ⇒ http://park.cside.com/hu10/hu10.htm

母の日

2012-05-13 (Sun) 13:10[ 編集 ]
5月13日は母の日。この日を前に、カーネーションが届いたと、家人が着替えをしている部屋まで見せに持ってきた。ピンクの花のいくつかが開き始め、蕾がびっしりと付いている。長男の婚約者が気を遣って贈ってくれたものだ。毎年、息子達は贈ってくれていて、今年もフォトフレームなどを貰ったとのことだ。家人にしてみれば、カーネーションはそれとは違った嬉しさだったと思う。

母に感謝する日は世界の色々な国で設けられていて、その起源や日にちも異なるが、日本はアメリカに倣い5月の第二日曜日にしたという。
この起源だが・・・
南北戦争直後のアメリカで、女性参政権運動家のジュリア・ウォードが夫や子どもを戦場に送ることを拒否しようと立ち上がり「母の日宣言」をした。彼女の死後、娘アンナが教会で母の記念会を催し、白いカーネーションを配った。これに感動した人々が、母を憶える日の大切さを認識し、1908年5月10日に教会に集まり最初の「母の日」を祝ったという。この風習がほぼ全州に広まり、1914年にウィルソン大統領が5月の第二日曜日を母の日と制定したとのことだ。

その母の日、長男は二人で新しい生活に入るために、25年暮らした家から引っ越しをした。

8冊目の写真集

2012-05-10 (Thu) 22:34[ 編集 ]
8冊目の写真集「チューリップ いっぱい」が出来上がって納品された。Photobackというゼログラフィ技術、いわゆるカラーコピーを使ったものだ。紙も上質微塗工紙を使い、6色刷り、帯も付いていて本格的だ。大きさは、今回も36ページの文庫本サイズのもので、丁度手に乗るほどだ。
5冊目位から、4色刷りから2色増え、どちらでも選べるようになり、今回も6色としたが、色の多いほうが柔らかい感じで、チューリップの鮮やかさは若干削がれることとなった。

現在、色々なところでフォトブックが商品化されているが、このPhotobackはWeb上でかなり自由に編集が出来る。今回も、材料としてこの4月に撮った500枚から75枚を選んでアップロードし、さらに30枚を絞り込んで、選んだ大小のフレームに合うように大きさと位置を調整して写真を収めた。

チューリップをテーマとした写真集は2冊目となるが、前回はA5版サイズ24ページのもの。他の写真集が文庫本サイズだったのでシリーズにはならないため、もう一冊となった。今回はこの4月に昭和記念公園で撮ったものだけを載せることにし、多種の色を強調するために編集は色別の流れを中心にした。

10冊作って25,000円ほどと決して安くはないが、酒も煙草もやらない自分にはそれ程の出費ではなく、趣味を形として残す楽しみのほうが大きい。
素人写真集でも、待ってくれている友人もいて、早速送ることにした。

今年の夏蜜柑は大ぶり

2012-05-06 (Sun) 09:34[ 編集 ]
ゴールデンウィークの最終日だ。朝から天気は良いものの、予報では夕方また崩れるという。このところ、晴れたと思ったら大雨やゲリラ豪雨がやってきたりして、安定しなかった。

今年も裏庭の夏ミカンに100個ほど実が付いている。三年日記を繰ってみると、GW初めに採ることが多く、去年は8日の日曜日だった。ということで、今年は今日やらねばと朝の散歩の後、高枝鋏を物置から出した。
木が屋根を超すまでに育って、毎年取りにくくなっていて、二袋30個ほど採ったら、高枝鋏もなかなか届かなくなった。後の高所の実はどうしようかと思案しながら、本日の作業は仕舞いにした。
今年の実は今までになく大きく、試食してみると中も締まっていてスカスカはなく、程よい酸っぱさで苦味も少ない。家ではそれほど食べないので、半分お隣などにあげた。

柑橘と言えば、庭の酢橘が今は白く小さな花を沢山着けている。酢橘は夏蜜柑と違って、貰い手が多く売れ行きが良い。開花の後の雨・風が心配だが、秋には沢山採れると思う。

クレマチスが咲いている

2012-05-05 (Sat) 17:24[ 編集 ]
今日5月5日は、二十四節気の「立夏」でこれから立秋の前日までが夏となる。

家のピンクのクレマチスは先週咲き始め、この暖かさも手伝って満開となった。近所の家の青紫色のクレマチスも、毎年この時期に見事に花を広げる。昨日車の窓越しに、今年も沢山の花を付けているのを見つけ、今朝早速見に行った。白い格子のフェンスの上に数十の花を付け、少しばかりの風に揺らいでいる。ついこの間まで上着が必要だったのに、季節が廻ったなと感ずる。

世に可憐で上品なクレマチス好きは多く、ネット上にはコミュニティまで出来ている。静岡県長泉町には「クレマチスの丘」というのがあり、多くのクレマチス品種が植えられていて、美術館と合わせてなかなか好評のようだ。ここでの開花表を見ると5・6月だけでなく、種類も豊富で一年中咲いているのを楽しめるとのこと。しかし、テッセンは俳句で夏の季語になっていように、一般には紫陽花前の花のイメージが強く、これが咲くと初夏と感ずる人が多いのではないか。
咲いたと書いたが、クレマチスは花弁=花びらを持たず、花のよう見えるのは変化した萼(がく)で、正確には「額が色づいて大きくなった」とすべきかもしれない。

テッセン(鉄線)とクレマチスの違いは、明確には分かっていないので調べてみた。
テッセンやカザグルマ(風車)は、センニンソウ属(クレマチス属ともいう)に属する種の名前とのこと。即ち、クレマチスはこの2つの含めた種の総称ということになる。
Clematis(クレマチス)は、ギリシャ語で「巻き上げ」「つる 」の意味の「clema」が語源とされ、一般的には、花びらの枚数が6枚ものをテッセン、8枚ものをカザグルマ呼ぶようだ。テッセンはツルが鉄線のように強いところから命名され、寛永年間に中国より渡来した。一方、カザグルマは日本の山地に自生する種で、園芸品種のクレマチスは、19世紀にこれをシーボルトやロバート・フォーチュンらが西洋に持って行き、それを元に品種改良されたものだと言う。
センニンソウ属にはこのほかセンニチソウやボタンヅル、ミヤマハンショウヅルなどがあり、北半球の世界各地に広く分布し、クレマチスの原種は約300種類存在すると言われている。

 | HOME | 



-天気予報コム- -FC2

お~さま

お~さま

出身:長野県安曇野市
現在:神奈川県
歳 :かなり
趣味:写真、映画、ホムペ・・
 

RSS 1.0

HTML 4.01

RSS FEED

template by mayu*

FC2Ad

(C) お~さま All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。