日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

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次男の結婚式

2014-01-19 (Sun) 14:47[ 編集 ]
曇りの予想が外れて快晴の中、次男の結婚式があった。昨年一月に長男が式を挙げ、今年は次男と続いた。入籍は昨年9月に済ませて新居を構えていて、式が後回しになった。人気の式場の予約は、土曜・日曜・祝日がなかなか取れずに、こうなったらしい。
式場は青山にあるセントグレース大聖堂。われわれ夫婦のモーニングやドレスは借りてあるので、普段着に近い格好で電車で向かい、開式の2時間前に入った。

大聖堂とあるがセントグレースは、キリスト教の宗教施設ではなく、商業的なウェディングチャペル。ヨーロッパの大聖堂のような高い尖塔のある建物、ゴシック様式の式場、移築された一世紀以上前のステンドグラスや19世紀に作られたパイプオルガンなどを売り物にしている。

親族の集合場所は聖堂と細い通りを挟んだ所だが、スタッフの数が非常に多い。痒いところに手が届くようなサービスでむず痒いくらいだ。兄姉が多いので全員が顔を合わせるのは結婚か法事かだが、昨年に続いてみんな元気な顔を見せてくれた。

着替えを済ませ、式場のある建物に移動するが、晴れている分コート無しでは寒いほどだ。
親族の受付と懇談が出来る部屋に通され、ここで休んだ後に親族紹介。長男のときに次男の婚約者(今日の新婦)の名前を間違え顰蹙をかったことから、間違わないように暗チョコの紙を片手に無事終了した。
ここから、両親は式場に先に移動し、立ち振る舞いの説明を受ける。何から何まで計算され運営されている。

式場の最前列に座らされるが、目の前五面に広がる緻密なステンドグラスには圧倒される。生のパイプオルガンと聖歌隊の合唱がチャペル全体に響き渡る。先ずは、花婿の入場。父親の前に来るので、握手かハグをとガイドされていたが、何ともこそばゆく握手で済ませた。花嫁と父親がバージンロードを歩くセレモニーで二人が揃い、式が開始された。
祈祷、誓いの言葉、ベールをはずしてのキス、指輪の交換、証書へのサイン、結婚宣言、賛美歌、神父の講話、続いた。式の最後は、両親へのお礼・・・新婦側は涙、涙、これを横目に男のこちらは「おめでとう」「幸せにね」と握手をした。
式後は、式場から出てくるカップルへのフラワーシャワー。階段に溢れそうな人の間をバラの花びらを浴びながら下りていく。改めて、祝福してくれる参加の方に感謝した。

披露宴に移って、新郎の挨拶、元気の良い友人の乾杯、両職場上司の来賓挨拶、ケーキカット、子供からの花束贈呈などと続く。お色直しの間に、二人のビデオが放映され、兄弟亡き祖父と畑で撮った写真が出ると「おじいちゃんだ」の声が聞こえた。お色直しの後は、各テーブルへ。ここで家人がサプライズで、息子が可愛がっている野良猫ウシコの写真と「おしあわせに」を大きく書いた紙を出し、皆で写真を撮ってもらった。
その後も、二人のキューピッドの友達の挨拶、次男の筋トレ仲間のムキムキ姿でのダンスなどで盛り上がった。

締めは、花嫁から母親への手紙、両家代表挨拶と続く。挨拶は昨年の経験はあるというものの、用意していた挨拶の一部を飛ばしてしまった。父親の挨拶は何処でも似たり寄ったりだが、三十数年前の自分の父親の挨拶を思い出した。
お見送りの時に、皆さんから口々に「良い式でした」の言葉を貰い、安堵するとともに感謝の気持ちでいっぱいだった。

着替えて時計を見れば5時過ぎで陽が落ちている。大きなイベントは区切りが出来て妙にほっとした気分になると同時に、疲れが出て、自宅は駅から徒歩10分弱だが、タクシーに乗った。
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ツバキ

2014-01-17 (Fri) 12:19[ 編集 ]
「寒いですねぇ」が、朝の挨拶の言葉となっている。
昨日の朝がこの冬一番の冷え込みで、井戸の蛇口だけでなく、玄関脇に置いた猫共の飲み水も凍っていた。今朝は、それ程でもないが、庭を歩くと霜柱の音が早朝の静けさに煩いほどだった。

この季節は一番花の少ない時期で、休日の散歩にもカメラを持たずに出る。そんな中でも、水仙や蝋梅が春を待たずに咲き出している。自宅の庭で、冬に華やかな花を着けるのはボケやツバキで、ボケは初冬から咲き出し、そろそろ終わりに近づいている。ピンクと白の混ざった花を着けるツバキは、蕾がまだ固い。
新年に玄関に飾った花の代わりのものは無いかと剪定鋏片手に探して、隣の梅畑にツバキが真っ赤に咲いているのを見つけた。境の藪を分けて近づくと、既に散りかけで色が変わったものが多い。痛んでいない花を着けた枝もあるので、数本頂くことにした。

玄関は、松や菊などの落ち着いたものから、大振りな赤い花になり、日差しも届いたこともあって明るくなった。残り一枝は、リビングは出窓にシクラメンやハイビスカスなどの鉢植えで賑やかなため、二階のトイレに飾った。
トイレには、ツバキと蔦の造花を飾ってあったが、ツバキを本物と交代させた。今の造花は良く出来ていて、少し暗いと本物に見えるほど緻密だが、やはり本物のやわらかい質感や微妙な色・形には適わない。
飾った花の一枚の花びらに、凍みて出来た跡があるのを見つけた。

明神様詣で

2014-01-03 (Fri) 10:24[ 編集 ]
新年2日、わが家に泊まって自宅に帰る長男夫婦と一緒に家を出て、新御茶ノ水の神田明神に向かった。
意外にも小田急線は空いていて座れ、長男と別れて乗った地下鉄も同様だった。ところが新御茶ノ水で降りて、聖橋を渡り終える頃からだんだん人が多くなった。参道に入り口付近で人ごみは酷くなり、随神門の数十メートル前からなかなか進まなくなった。門をくぐって御神殿が見える頃には、狭い境内で人の頭しか見えないほどに。この人出は、箱根駅伝中継を権太坂まで見ていて、例年よりも1時間ほど遅くなって出たためだ。

明神様は、野村胡堂の小説「銭形平次捕物控」を、嵐寛寿郎や長谷川一夫らが主演で映画となり、その後フジテレビが大川橋蔵主演でドラマ化して「明神下の岡っ引き平次」として全国的に知られるようになった。
しかし江戸・東京では、この神社は1300年もの歴史をもち、江戸時代には、「江戸総鎮守の明神様」として、それこそ将軍から庶民にいたるまでの守護神として崇められた。

昨年は参拝までに30分程だったが今年はその倍、腰が痛くなる頃にようやく前が開き、二礼二拍一礼で参拝をした。
鳳凰殿の札所のそれ程の混雑ではなく、天照大神の御札と交通安全の御守りを二千円納めて頂いた。
いつもながら、境内で300円の甘酒を飲んでから、混雑を後にした。

30年近く勤めた御茶ノ水の代表的な風景の、聖橋からの神田川、地下鉄、JR駅の風景が懐かしく、足を止めてしばらく見入った。
しかし、秋葉原のいくつもの高層ビルと日立本社ビル跡のソラシティが懐かしさを邪魔して、安らぎやうるおいが削がれ、なんとも侘しい気持ちになった。

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お~さま

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