日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

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今年も三社祭

2015-05-16 (Sat) 19:40[ 編集 ]
銀座線浅草駅に降りたのは、11時を少し回った頃だ。いつもこの時期は人で溢れかえっている地下構内は、意外にも疎らだった。帰りの切符の案内をする放送もなく、整理員も居ない。ましてやロープ規制もなく、全く普段の浅草駅で、三社祭の当日にしては今までに無く静かだ。多分、昨日の天気予報「曇りのち夕方から雨」が外れ、朝からの雨降りが出足に影響したのだろう。
神谷バー近くの出入口に出ると、雨は上がっていて、ここは例年通りの混雑だ。雷門の近辺では、門を背に写真を交代で撮る集団が居て、大声で交わす言葉で中国人一行と分かる。その他に英語やポルトガル語らしき言葉も聞こえ、円安とはいえ何と外国からの旅行者が多いことか。

雷門を潜り、混雑の仲見世通りを避けて左折すると、公会堂があるオレンジ通りの方角から威勢のいい掛け声が聞こえ、足早に向かった。伝法院通りがつかえているらしく、4基の神輿が掛け声を掛けたまま足踏みをしている。この渋滞で担ぎ手は息があがるようで、一人また一人と交代をしている。ようやく法院通りに着き、次々とやって来る神輿の間に4基は入り、仲見世通りを目指していく。伝法院通りがこの混みようでは、肝心の本堂付近までに時間が掛かり過ぎるため、引き返して、仲見世の横の通りを進んだ。

浅草寺本堂に50mほどの宝蔵門付近は、門の美しさ、五重塔やスカイツリーなどが背景に写り込むので、カメラを構える人が多い。尤も、スカイツリーは雨上がりでモヤっていて上手く写れない。撮影するのに厄介なのは今年特に増えたタブレットでの撮影で、大きい画面があちこち動き邪魔になる。
宝蔵門からの参道は、例年大勢の警察官がロープを張って規制するが、今年は見こしが通り過ぎれば余裕で横切れる。また、本堂に向かう参道も例年の身動き出来ない程ではなく、神輿の前に出て迫ってくる様も撮ることが出来るほどだ。

時計を見ると12時半を廻っていて、昼食は簡単に済まそうと屋台を見て歩き、蛸焼きを500円で求め、淡島堂の石に腰を下ろした。
また空が怪しくなって来たので、帰路につくことに。舟和の本店に寄り、蜜豆と芋プリンを土産に買った。毎年手が伸びる芋ソフトクリームの看板を見つけ、今年もまたペロリと舐めた。

家でディスクに保存してある写真を見ると、震災で祭が自粛された2011年を除いて、2005年から毎年の三社祭と隔年の神田祭は皆勤だ。十年一昔というが、街の様子はそれ程変わっていない。変わっているのは、自分が撮影した地域が徐々に狭まって来ていることだ。それだけ歳をくったと言うことか。

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神田祭と懐かしい街

2015-05-09 (Sat) 18:01[ 編集 ]
電車に乗って出掛けるのは、初詣以来だから5ヶ月ぶりになる。しかもその先は新御茶ノ水を下車して神田明神で同じだが目的は神田祭だ。今年は、2年に一度の本祭の年、それに加えご遷座400年に当たり盛り上がって居る。
御神輿の練り歩く宮出しと宮入りに挟まれた土曜日だったため、附け祭と言ってユニークな山車が引かれるが、御神輿程の熱気はなかった。それでも、永谷園がTVコマーシャルでご遷座400年を取り上げた為か、神田明神は初詣並の人混みだった。門を潜って本殿にお参りするまでに30分はかかった。
ガチャガチャでカプセルフィギュアのおみくじを引いたところ「吉」出た。

街に出ても賑わいはないので、懐かしい坂を降りて神田の街をぶらり散策することにした。駿河台や神田界隈は、27年間勤めた会社があったところで、退職から十年弱経つと実に懐かしい。聖橋から見の風景、ニコライ堂、以前入っていたビル、計画を練る時に籠もった旅館、などなど。しかし十年一昔、懐かしの場所も新しいビルに囲まれ、少し寂しい気がしてくる。
昼食は、漱石が通った洋食屋の「松栄亭」へ。30分並んだが、十数年前と同じく相変わらずの繁盛だ。頼んだのはメンチカツにライス1100円也。揚げたてのカツは、サクサクの衣をフォークで割ると、肉汁が広がり湯気が上がる。少しシャリシャリ感を残したタマネギと味が染み出す粗挽きの肉のコンビは絶妙だった。

松栄亭を右に出て大通りを左折すると、洋菓子の「近江屋」がある。泊まり掛けの時には、この店でアイスやレーズンサンドを買って持ち込んだもので楽しみの一つだった。そんなことを思い出しながら、家への土産にモンブランを買った。

地下鉄千代田線の新御茶ノ水駅のホームは、改札から長いエスカレーターで下りた深いところにある。ここも朝晩使った所で、いつの間にかむかし乗車した定位置「7号車の後ろから2番目」に立っていた。

ぎりぎりセーフ

2015-05-04 (Mon) 19:02[ 編集 ]
全身が真っ黒な子猫がもう一匹と一緒に顔を見せたのは、昨年7月4日のことだ。三毛の庭猫ニャーが連れてきた9・10匹目の筈だ。家人は、この猫を身体が小さく黒毛の容姿からクマッチ、一緒の子は鼻下にチョビ髭模様があることからチョビと名付けた。小生は、その直後に手術入院を20日余りしたが、その間に朝晩餌を食べにやってくるようになったようだ。

家猫2匹、外にはたまに来る黒猫1匹を入れて庭猫9匹になったが、これ以上増えては面倒を見切れないと、母親ニャーとともにクマッチ・チョビも避妊・去勢手術をすることにした。三年間捕まらなかったニャーの捕獲に成功し、比較的簡単に捕獲出来たチョビは昨年末までに手術を終えた。

ところが、クマッチはメスのためか臆病で用心深く、なかなか捕まらない。そこでニャーの捕獲に使った借り物の捕獲器を真似て、買い物カゴと網・ゴムバンドの捕獲器を手作りした。3月にこれを使って捕獲寸前に逃がし、それ以降は怯えて餌も4m道路を挟んだ隣のフェンス越しにしか採らなくなった。
そんなこともあって、身体も小さくて妊娠は無いだろうと伸ばし伸ばしにしたが、ボランティアの人から早期に手術した方が良いとのアドバイスがあり、ケージ型の捕獲器も貸してくれた。

そして、ゴールデンウィークの真っ只中、良い匂いのとりのカラ揚げを餌に、捕獲が出来た。
以前からお世話になっている女医の先生が新しく動物病院を開院したので、そこに手術をお願いし、昨朝連れて行き、一泊してから引き取りすることにした。
そして夕方、先生から意外な電話があった。「明日にも産まれてもおかしくない状態でぎりぎりセーフだった。麻酔を強くしたので、もう一泊の可能性がある」というのだ。正直驚いた。食欲旺盛だったので、少し太ったかなと思っていたが、まさか妊娠していて、しかも4匹もお腹にいたとは。生後10ヶ月、人間でいったら15歳ほどだが、猫はこの位でも妊娠するとは知ってはいたのだが・・。危うく15匹の面倒を見ることになるところだったと、家人と胸を撫で下ろした。

そして今朝、状態が良いので今日の引き取りが可能との連絡を貰い、昼に連れに行って来た。興奮して目をカッと開き歯を剥き出して怒っていたが、家に着いても布を被せて落ち着かせた。先生のアドバイスに沿って夕方ケージを開けたが、一目散に裏庭の方に駆けて姿を消した。ニャーがそうだったように、痛みも恐怖心もあって2・3日は姿を見せないことだろう。

たまに来る大きな黒猫は、他の猫好きの人が主に面倒を見ていることが分かり、このほかの庭猫8匹は既に手術済みの桜耳になったので、先ずは安心だ。

猫の避妊・去勢手術には数万円かかるが、ここの病院がそうであるように動物愛護の観点から、野良猫に限って5000円でやってくれる病院がある。また、市にも補助金の制度があり、猫好きには随分と助かる。そして、ボランティアの人達の協力や里親探しの活動にも頭が下がる。

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出身:長野県安曇野市
現在:神奈川県
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