日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

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元社長の墓に参る

2015-11-29 (Sun) 21:03[ 編集 ]
早寝早起きで4時半には目覚めて昨夜の録画を見ていたが、この時期はなかなか夜が明けず、6時過ぎにようやく明るくなり日が出たのは6時半過ぎだった。
洗顔、体重・血圧測定、雨戸開け、植木の水遣りなどをしていると7時半になってしまい、ようやく毎朝の散歩に出た。
いつもはウォーキングポールを手にしているのだが、今日は新聞紙に包んだ線香とライターだ。11月29日は前々職の元社長の命日。信州の父母の墓参りは何年かに一度でしかないが、元社長の墓が徒歩で10分程いうこともあり、毎年命日かその前後の日に墓参している。

大学卒業後に入った商社系コンピュータ関連の会社を7年で退職、出来たばかりの事務機会社の100%出資会社に転職したが、その転職先の初代の社長がその人だった。企画などの担当をさせて貰ったが、なかなか首を縦に振ってくれない厳しさがあった。その反面、同方向ということで帰りのタクシーに同乗させてくれる気さくな面もあった。その社長が60歳の時に肺がんで倒れ、一年後にあまりにも早く他界した。訃報は総務に居た友人から床屋の椅子に座っていた自分に入り、散髪を中断して、病院に駆けつけた。密葬の時に飾られた菊の黄色が29年経った今でも記憶に鮮明だ。その菊に来た蜂に刺されことも記憶の一つだ。
実は大学卒業後に入った会社の初代社長も肺がんの為に若くして亡くなっていて、偶然にも同じことが重なって驚いたものだ。

8時前のヒンヤリした空気で吐く息が白く見える。小学校の横を通ると、石垣の上の桜の木が葉っぱを殆ど落として枝ばかりになっている。青く澄んだ空にすくっと立っているその姿が妙に勇ましく見える。中学校の校庭横の坂道を上がって行くと、野球部の朝錬が始まったらしくホームベース近くに整列をしている。
墓地の鉄の門は未だ開いていないので、下の隙間に這って入る。石段を上がったところに元社長のお墓がある。水道の流しで新聞紙に火を点け、それを線香に移してお墓に手向け、手を合わせた。
石塔の裏には、奥さんが7年前に亡くなったことが刻まれていて、元社長の2日後12月1日が命日と分かる。お凛とした中にもご主人を立てていた奥さんらしいと思う。

帰りがけに中学校の校庭に見え、野球部の向こうに女子のソフトボール部の練習も始まって、賑やかな声が聞こえてきた。太陽が上がり陽射しが背中に暖かくなった。

総務部に居て元社長の遺族係をした友人が同じ墓地公園に眠っていて、毎月一回墓参をしている。明後日1日に行こうと思う。
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高校卒業は遥か昔だが・・

2015-11-21 (Sat) 20:43[ 編集 ]
いわゆる東京の街に出たのはこの半年で3回。普段出掛けるのは、近くの町か郊外ということになる。昨日は、先月と連続しての街だった。市ケ谷の私学会館で松本の高校の首都圏の仲間の集まりがあったからだ。

同級会でもなく同窓会でもなく、同学年の会だ。同学年といっても10クラス400人が居て、しかも時間割が個人別2週間の設定なので、三年間での授業で顔を合わせる者は半数にも満たない。また、クラス別のホームルームが二週間に一回だったので同級意識は全くなく、同級会はなりたたない。ということで、会は首都圏に住む同学年卒の60人が対象としたものだ。

会は年に一回、勤労感謝の日の前後のウィークデーと決まっている。毎回、永久幹事をお願いしている仲間が、葉書やメール、電話などで声を掛けてくれているのだが、出席は毎年10~15人ほどで女性が出てくることは珍しい。歳を重ねていても華にはなるとは思うのだが、同学年30人の女性達で首都圏在住は10人程なので、こんなものなのだが・・。

今回も、出席は老年に足を突っ込んだ男性12人。毎回見る顔に、釣り名人の元造船技師でとこの所テレビでも顔を見る大学教授が何年かぶりに顔を見せた。

6時に幹事の簡単な挨拶で始まった会だが、一昨年に顔を見せた仲間が亡くなったことから、献杯をかねた乾杯をし、直ぐに近くの席の者達での雑談に移った。
卒業後50年弱、記憶も薄れていて、手元の名簿と顔が一致しないことなど普通で、去年親しく話し者の名前を間違えたりするが、こんなことはお構いなし。

身体の調子から話が始まるのは、この歳のどの場でも一緒のこと。病気は何で、飲んでいる薬はどんなもので・・。そのうちに、誰かが墓の話をし始め、こうなればお笑いだ。向こうの席で、同学年卒の誰が亡くなったと話せば、「何でなくなった」「それは聞いてなかった」「一緒の授業じゃないから知らない」などと言葉が交叉する。釣りの話になれば、「船酔いがする俺は駄目だ」には「釣った魚をこうやって調理するとたまらない」と返す。こうなれば好き勝手に席は変わって、わいわい。予定の2時間は直ぐに過ぎた。

酔いが程よく廻った一人が立ち上がり、「年に一度ではなく一泊はどうだ」「その場合の幹事は○○と○○、宿の手配は○○でどうだ」。良い悪いも無く、その場で決定となった。
お開きになり、それぞれ「来年また元気で逢おう」と握手交わし、各々散って行った。

旧姓中学からのバンカラを引き継ぐ3年間を同じ校舎で過ごした仲間が、2時間だけだが同じ空間の中に居ると、50年前が妙に懐かしかった。翌日、数年前の擁立80周年時発行の分厚い同窓会名簿を引っ張り出し、同学年のページをめくって見た。

薬の摂り忘れ

2015-11-03 (Tue) 21:21[ 編集 ]
先日、友人と久しぶりに昼食を共にした。その時に、還暦を越えた仲間に「65歳を越えると、体が急にガタガタとくる」と話した。実感だ。ガタガタを支えるために、スポーツジムとともに医者通いをして薬を貰っている。

手の痺れの向けの痛み止め2種とビタミン剤1種を整形外科から、内科からは12年前からの降圧剤2種と胃腸薬1種だ。そしてこの秋から嗅覚のことで耳鼻科に通うことになり、錠剤の副鼻腔炎向けの抗菌剤1種とアレルギー向け1種、点鼻噴霧薬と点耳薬を処方されている。これで、内用の錠剤8種類と外用2種類の10種類にもなり、まるでコレクターだ。
三割負担の薬代だけで確定申告時の医療費控除の対象ラインに届くので薬屋には随分と奉仕し、七割の負担をしてもらう健康保険には申し訳ないことをしている。

錠剤8種類のそれぞれ決められた分量を朝と夜に飲むのだから、飲み忘れや間違いがしばしばある。夜には、サプリメント6種類も摂るから余計に間違いが起こる。
サブリメントは、端から効能に疑問もあり、飲まなくても直ぐにどうこうはないのだが、痛み止めは神経からの痺れや痛みを緩和するものなので、飲み忘れると痛み強くなるので直ぐに分かる。降圧剤や耳鼻科の薬は、直ぐに反応がなくて気が付かないが、治療に影響が出る。

こんなことを避けるために、箱の中に色分けした小箱を入れて管理していたのだが、週に二・三度は間違えていた。
対策をあれこれ考えていたが、一ヶ月ほど前に百円均一の店でプラスチック製の錠剤用ボックスを見つけた。月曜から日曜の一週間分の朝・昼・夕・夜を分けて錠剤を入れられるようになっている。テーブルの引き出しにも入る大きさなので買ってみた。夕ラベルを夕食後、昼を夕に張り替え使用したところ、飲み忘れは一週間に一度程度になり効果絶大だ。週一の間違いは朝の飲み忘れで、昼頃に手が痛み出してそれと分かり、家に居るときは忘れた痛み止めを直ぐに飲んで対処する。
この優れものを考え付いたのは、きっと飲み忘れの多かった人、それも中高年に違いないと思いながら使用しているがどうだろうか。

このボックスがあっても問題は残している。外用2種、点鼻薬と点耳薬の点け忘れだ。いずれも日に一回で良いのだが、これを忘れる。この為に、夜寝る前にパソコンのキーボード付近に薬を置いておくようにしている。しかし面倒で後回しになる点耳薬はいまだもって忘れることがある。度重なる忘れも65歳を越えたガタに違いない。

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