日常の出来事を気楽に載せています。 木漏れ陽が当たる公園のベンチのように、のんびり・ホッと出来る場になればいいな!

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ズボンの丈が短くなった

2016-05-29 (Sun) 22:18[ 編集 ]
5月も最終週になり、紫陽花が見頃になってきた。
一昨年リビング用に買った 白の西洋紫陽花と薄紫の額紫陽花の小さな鉢植えを、花が終わってから庭に地植えした。去年は葉が少し出たもののハナのハの字もなかったが、今年は両方とも小さな花を見せてくれている。

梅雨も近づき、観賞用の花も野の花もここぞとばかり花を付け、散歩でも目の保養になる。今夕の散歩でも、家々の庭や垣根に花が見られたが、道端にもドクダミやシロツメクサなどの野草の花、道路脇のコンクリートの隙間にパンジーが咲いていた。

話は変わるが、昨日散歩用のトレーニングパンツを買った。今は便利で既製で裾揚げをしてある品があって、試着してから裾丈69cmのを買った。それを家人に話すと、「10cm以上身長が低い私の股下より短い」とからかわれた。スボンの裾上げは50代後半は72cmで頼んでいた記憶があるので、10年も経たずに2~3cmも縮んでしまって余計短足になったということだろう。

歳を重ねるとともに背が縮むというのは、背中や腰が曲がる、脚が直立ではなく膝が曲がる、そして頚椎・胸椎・腰椎の椎間板が薄くなるということから来るようだ。
小生の場合は、身長の縮みとほぼ同じだけ下半身が縮んだことから、脚の直立性に問題があるということだろう。脚の筋肉がこわばる自覚症状があり、整形外科にも相談しているのだが、若しかしたら常にひざを少し曲げたような姿勢にしているのではと思う。医師からは、こわばり対処にジム通いで筋肉の維持/強化をするよう勧められ、これを守って週4日通っているのだが、それでも不足ということかもしれない。
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今年も三社祭

2016-05-15 (Sun) 16:20[ 編集 ]
特別なことが無い限り神田祭と三社祭には、カメラを持って出掛けるのが毎年の5月の常だ。5月第一週が神田明神の神田祭、その次の週が浅草神社の三社祭だが、神田祭は西暦奇数年即ち隔年で大祭が執り行われる。今年は遇数年で蔭祭ということなので神田祭はパスし、日曜日の浅草だけに出掛けた。

いつもは、土曜日の各町神輿連合渡御を見に行き、日曜の本社神輿の各町渡御は何年なぶりだ。本社神輿は、一之宮、二之宮、三之宮の三体があり、朝6時の宮出しからそれぞれが違う順路で町内を回り、夜7時頃に神社に戻り、順に宮入りをして祭を締めくくる。

朝、少し涼しいので帽子に長袖姿で8時半に家を出て、銀座線浅草駅には10時に到着した。地上の雷門通りに出ると、スカイツリーを背にして2ブロックほど先に神輿が見えた。時間からすると一之宮神輿に違いない。人だかりで近寄れそうも無いので後回しにすることに。仲見世を通って浅草寺本堂に進むが、神輿が未だなので、動け無いほどの混雑ではない。本堂にお参りした後、神社での参拝に向かったが、ここには参拝待ちの長い列が出来ていて、諦めて一之宮神輿を追いけることにした。
孫にお守りを買った店でルートマップを貰うと、10時40分に近くの浅草公園に来ることになっている。公園の場所を法被姿の人に聞くと、公園ではなくこの地域の名前が浅草公園だと言い、通る場所を教えてくれた。

予定の10分ほど前だが、通りは既に人・人・人で溢れている。スケジュールよりも少し遅れ気味に、先導のDJポリスを乗せた警察車両が通り、続いて馬に乗った神主が。そして、掛け声が聞こえ、神輿が見えた。徐々に近づいてくるが、カメラも構えられないほどで立錐の余地も無いが、何と撮らなくてはと図々しくも最前列の直ぐ後に付いて、前の人の顔の横からレンズを向けた。
正面の黒い漆塗りの板に「一之宮」とあり、確かにそれと分かる。町会御輿よりも一回り大きい神輿は、目の前を通り過ぎ行ったり来たりの後、新仲見世通りとの交差点で止まった。ここで、担ぎ手が別の法被姿の町会へとバトンタッチされる。交代の後、また勇ましく伝法院通りの方に向かって行った。

初めて一之宮神輿を見た満足感もあり、帰ることにした。その道すがら舟和で芋羊羹や餡蜜などを土産に買い、いつもの芋ソフトクリームを食べた。
雷門通りに出ると、車がシャットアウトされ、祭天国。そこに町神輿が数基練っている。スカイツリーや金色に光るアサヒビールのビル(ウンコビル)を背景にした祭を撮ると絵になると、何枚か収めた。

今年もここに来て、元気の素を仕入れた気がする

初孫

2016-05-10 (Tue) 15:28[ 編集 ]
結婚したのが30歳、長男が生まれたのが32歳、次男が36歳、当時は少し遅めの方だった。近頃の結婚適齢期は、女性の社会進出もあって出産年齢も遅くなっているようだ。

長男・次男とも30歳を超え、ようやく長男が子供を授かった。産婦人科診察での3D画像や4D動画でお腹に居るときから、手で頭を叩いたりして元気な女の子だと分かっていた。しかし、外の空気を吸うというのは容易なことではない。長男が正月に近くに転居してきたので、いざという時に電車で5駅先成城学園の病院までの車はうちで出すことにしていた。

出産予定日になってもその気配がなく、翌日も無かった。三日目の深夜電話があって陣痛が来たという。0時を回った頃に病院ら連れてくるようにとのことで、車で迎えに出た。深夜の世田谷・町田線は空いていて、小雨の中15分で病院に着いた。聞いたり・サイトで見たりして分かってはいたが、竣工したての病院はこの街に相応しくしゃれた建物で、何も彼も綺麗だ。車を正面脇の駐車場において、中に入った。二階の診察室に入れて、長男と自分は椅子にかけたが、足下を見ると廊下の白いカーペットの上に泥の足跡がしっかりと付いている。新しい駐車場はまだ草が生えきらず、この雨で土が剥き出しになっていたからだ。泥はエレベーター、一階の通路、玄関マットまで足跡として残っていた。設計士や病院もそこまで計算に入れなかったに違いない。

暫くして、妊婦の居る部屋に招き入れられた。お嫁さんは計測器をつけられ、陣痛の間隔や強さ、赤ちゃんの脈拍を測られていた。一時間経った頃、看護師が「未だ未だだから、いったん帰って・・。我慢できないくらいの痛さになって来て丁度いいから」。このまま入院でもよさそうなものをと思いながらも、一旦、マンションまで送り届けた。

自宅に帰ってベッドに横になるが気になって眠れなかった。録画のテレビドラマを見ていると5時頃に電話が鳴り、再度迎えに行った。5時を過ぎると、幹線道路には車が少し多くなり、後の席で呻いている妊婦の声を聞くと一刻も早くと気がせく。それでも20分で到着して、泥に気を付けながら入ると、そのまま分娩室に入れられた。長男は残り、小生の運転手の務めはこれにて終了。

家に戻り横になるが、長男やお嫁さんのお父さんからの連絡でウトウト程度だった眠りが熟睡に変わった11時半に「生まれたよ」と長男からLINEが入った。3240gで母子ともに大丈夫だという。
面会開始時刻の2時に着くように、寝不足で運転は危険と家人と電車で向かった。

赤ちゃんは大きな声で泣き、いかにも元気そうだ。初対面の感想といえば「長男の生まれたときに良く似ている」だった。それには、家人も同感だったようだ。お嫁さんが、「抱っこしてみて」というのだが、猫はともかく人間の赤ちゃんは30年以上もしたことはなく、仕方も忘れている。恐る恐る腕の中に入れたが、孫を抱いているという実感は無い。
お嫁さんのご両親が見え、病室がいっぱいになったので、我々はそろそろ・・と引き上げた。

翌々日の月曜日は、息子は連休も終わり仕事なので、家人と二人で様子を見に行った。赤ちゃんは、一昨日見た顔から随分としっかりした顔になっている。母乳とともにミルクを飲ます時間になり、家人が昔取った杵柄でミルクを飲ますが、哺乳瓶に吸い付きすっかり平らげた。
手足や指の長いのと、笑窪は誰に似たんだろうが帰りの車の中の話題だった。

今週の退院時の運転手と出生届は小生の役割だ。夫婦の希望のベビーカーは、まだ使わないと分かっているが、早速注文した。

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お~さま

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出身:長野県安曇野市
現在:神奈川県
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